深夜二時の小さな国境

深夜二時の小さな国境 第3話「第二章:午前一時五十九分の境界線」

深夜のシエラは、昼間よりもいっそう死に絶えたように静かだった。 二人は街の外れを目指して歩いた。街灯の光はまばらで、足元に伸びる影だけが饒舌に揺れている。奏は玲の手をしっかりと握っていた。その掌は少し汗ばんでいて、彼もまた緊張していることが伝わってきた。 目指す場所は、街を二分する運河に架かる「絶たれた橋」だ。かつては隣の街へと続く幹線道路だったが、数十年前に運河の向こう側が深い霧に覆われて以来、通行止めになったまま放置されている。錆びついた鉄骨が夜空を突き刺し、巨大な怪物の骨格のように見えた。 「……あと一分」 奏が腕時計を見ながら呟いた。 午前一時五十九分。橋の入り口にある通行止めのバリケ

深夜のシエラは、昼間よりもいっそう死に絶えたように静かだった。
 二人は街の外れを目指して歩いた。街灯の光はまばらで、足元に伸びる影だけが饒舌に揺れている。奏は玲の手をしっかりと握っていた。その掌は少し汗ばんでいて、彼もまた緊張していることが伝わってきた。
 目指す場所は、街を二分する運河に架かる「絶たれた橋」だ。かつては隣の街へと続く幹線道路だったが、数十年前に運河の向こう側が深い霧に覆われて以来、通行止めになったまま放置されている。錆びついた鉄骨が夜空を突き刺し、巨大な怪物の骨格のように見えた。
「……あと一分」
 奏が腕時計を見ながら呟いた。
 午前一時五十九分。橋の入り口にある通行止めのバリケードの前で、二人は足を止めた。運河の向こう側は、文字通り何も見えない。漆黒の闇が壁のように立ちはだかり、水音さえ聞こえてこない。
 玲は心臓の鼓動が早まるのを感じた。喉の奥の「石」が、冷たく重みを増していく。本当にこんな場所に道が現れるのだろうか。母の遺した地図は、奏のリュックの中で青白い光を放ち、布地を透かして周囲を照らしていた。
 そして、時計の針が二時を指した瞬間。
 世界から音が消えた。風の音も、遠くの犬の鳴き声も、自分たちの呼吸音さえも。
 突如として、運河の向こう側から濃密な霧が溢れ出してきた。それは生き物のように橋の上を這い回り、錆びた鉄骨を白く塗りつぶしていく。霧の向こう側で、カラン、カランと、古風な鐘の音が響いた。
 霧が晴れたとき、そこにはバリケードも、錆びた鉄骨もなかった。
 代わりに現れたのは、磨き上げられた石畳の道と、その中央に鎮座する小さな木造の小屋だった。小屋の軒先には、暖かなオレンジ色のランプが灯り、看板には古めかしい書体でこう書かれていた。
『午前二時の検問所――通行料:あなたの過去を一つ』
 二人は顔を見合わせた。地図の指示は正しかったのだ。シエラの街のすぐ隣に、こんな場所が隠されていたなんて。奏が震える足取りで一歩を踏み出し、玲もそれに続いた。橋を渡り始めた瞬間、背後のシエラの景色が歪み、水面に映る幻のようにぼやけていった。