ナイター照明が消えない球場

ナイター照明が消えない球場 第5話「第4章:表層の回収:光の正体」

紬は、かつての野球部OBや、熱心に球場へ通っていた市民たちへの聞き取り調査を開始した。名目は「球場の歴史編纂のための資料収集」だったが、彼女が本当に求めていたのは、あの照明を灯し続けるエネルギーの正体だった。

紬は、かつての野球部OBや、熱心に球場へ通っていた市民たちへの聞き取り調査を開始した。名目は「球場の歴史編纂のための資料収集」だったが、彼女が本当に求めていたのは、あの照明を灯し続けるエネルギーの正体だった。

かつての応援団長だったという初老の男性は、駅前の喫茶店で、使い込まれた帽子を脱いでテーブルに置いた。その帽子には、今も雁首高校の校章が刺繍されている。彼はコーヒーの湯気の向こう側で、遠い目をして語り始めた。
「あの決勝戦か……。そりゃあ、忘れられるはずがない。俺たちの街に初めて甲子園の切符が届きかけていたんだからな。あの日、球場にいた全員が、湊くんの最後の一球を信じていた。応援団も、ブラスバンドも、ただの観客も、みんなが一つになっていたんだ。あの熱気は、今思い出しても肌が粟立つよ。雨が降り出したとき、俺は空に向かって怒鳴り散らした。神様を恨んだよ。どうして今なんだ、あと五分、いや一分待ってくれれば、俺たちの夢は叶ったのにってな。結局、あの雨は俺たちの情熱を冷ますどころか、永遠に消えない未練として凍りつかせてしまったんだ」

彼は震える手でカップを持ち、一口啜った。
「あの日以来、俺は野球を見なくなった。テレビで中継が流れるだけで、あの雨の匂いが鼻についてね。でもね、浅倉さん。あの球場の照明が消えないって聞いて、どこかホッとした自分もいるんだ。ああ、まだ終わってないんだな、ってね」

商店街で青果店を営む女性は、店先に並んだ林檎を磨きながら、少し申し訳なさそうに言った。
「実はね、うちの息子もあの試合に出てたのよ。背番号は二桁、結局一度も打席には立てなかった補欠だったけどね。でも、あの子にとってあの夏は人生のすべてだった。あの日以来、息子は野球の話を一切しなくなったわ。グローブもスパイクも、全部物置の奥に押し込んでね。今じゃ立派なサラリーマンだけど、時々、雨の降る夜に窓の外をじっと見ていることがあるの。きっと、あのグラウンドの泥の感触を思い出しているんでしょうね。球場の前を通るのも避けてるわ。あそこには、あの子の青春だけじゃなく、街のみんなの『置いてきたもの』が、まるで化石みたいに埋まってるのよね。それを掘り起こすのが怖いのか、それとも愛おしいのか、私にはわからないけれど」

彼女は一つ、立派な林檎を紬に手渡した。
「あんた、湊くんの妹さんでしょ。顔を見てすぐにわかったわ。あんたがやろうとしていること、私は応援するよ。誰かが終わらせてあげなきゃ、あの場所も、あの子たちの心も、ずっと雨の中なんだから」

調査を進めるうちに、紬はある法則に気づいた。照明塔の光が強まるのは、決まって雨の夜だけではない。誰かが球場の近くで、強い後悔や未練を口にしたとき、あるいはそれを強く想ったとき、あの白い光は脈打つように輝きを増すのだ。

ある夜、紬は照明塔の基部で、一人の少年を見かけた。中学生くらいだろうか、彼はフェンス越しにグラウンドをじっと見つめていた。
「……消えちゃうんだよね、ここ」
 少年が呟いた言葉は、夜の静寂に溶けていった。その瞬間、照明塔の光がボウッと膨らみ、少年の影を長くグラウンドに投げかけた。

光の正体は、電気でも磁気でもなかった。それは、この街の人々が十年間抱え続けてきた「未解決の感情」の集積体だったのだ。湊の死という悲劇が、その感情に蓋をしてしまった。悲しすぎて語れず、悔しすぎて忘れられない。そんな行き場のない想いたちが、球場の解体というタイムリミットを前にして、必死に救いを求めている。

紬は照明塔の冷たいコンクリートに額を押し当てた。
「ごめんね、湊。みんな、あなたをあそこに置き去りにしたままだったんだね」

彼女は、第1章で見つけたあの野球ボールのことを思い出した。あれは湊の持ち物ではなかった。応援団長が、逆転を信じてスタンドから投げ入れたものだった。あのボールには、一人の少年の夢ではなく、街全体の願いが込められていたのだ。

表層の謎は解けた。しかし、それは解決への第一歩に過ぎなかった。光を消すためには、想いを「記録」に変えなければならない。