ナイター照明が消えない球場

ナイター照明が消えない球場 第3話「第2章:止まった時計とバット」

「野球? もう興味ねえよ。そんな暇、今の俺にはないんだ」

「野球? もう興味ねえよ。そんな暇、今の俺にはないんだ」

翌日、紬は市内の工務店を訪ねていた。作業着姿で重い木材を運んでいた男――日比野律(ひびの・りつ)は、紬の顔を見るなり露骨に嫌な顔をした。

律は十年前、湊の女房役としてキャッチャーを務め、打順は四番に座っていた。湊の親友であり、紬にとっても兄のような存在だった男だ。しかし今の彼には、かつての快活な球児の面影はない。無精髭を生やし、目はどこか冷めている。

「球場が取り壊されるのは知ってるだろ。あそこに、湊がいるんだ」

紬の言葉に、律の動きが止まった。担いでいた角材をドスンと地面に下ろし、彼は紬を鋭く睨みつけた。その瞳の奥には、十年間燻り続けてきた暗い炎が見えた。

「……幽霊が出るとかいう噂か? 市役所の人間がそんなオカルト信じてどうするんだよ。湊は死んだ。あの日、あの雨の中でな。それで終わりだ。それ以上でも以下でもねえ」

「終わりじゃない! まだ試合が続いてるの。九回裏、二死満塁。あなたの打席のところで止まったままなのよ」

律の顔色が、目に見えて変わった。怒りというよりは、古傷を無理やり抉られたような苦悶の表情だ。

「やめろ……」

「律さん、あなたもあの夜の照明を見たんでしょ? 工務店からなら球場が見えるはずだわ」

「見てねえよ。俺は夜は酒飲んで寝るだけだ。光だろうが何だろうが、俺には関係ねえ」

律は吐き捨てるように言うと、作業場の奥へと引っ込んでしまった。しかし紬は見逃さなかった。作業場の隅に置かれた、埃を被ったバットケースを。そして、彼が今作っているのが、どこか野球場のベンチを思わせる形をした木製の長椅子であることを。

律もまた、止まっていた。
 湊が死んだのは、試合がノーゲームになった直後だった。増水した川に落ちた子供を助けようとして、彼は帰らぬ人となった。

当時、チームメイトの間では残酷な言葉が飛び交った。
『もし、律が初球を打って試合が決まっていれば』
『もし、中断があと五分遅ければ』
 湊は死なずに済んだのではないか。

その呪いは、十年の歳月を経てもなお、律の心を縛り付けていた。彼は湊を殺したのが自分であるかのように思い込み、野球というスポーツそのものを自分に禁じていたのだ。

紬は律の背中に向かって叫んだ。

「湊はあなたを待ってる。あの日、繋げなかった最後の一球を、あなたが打つのを待ってるのよ!」

律は振り返らなかった。ただ、丸めた背中が微かに震えているように見えた。