ナイター照明が消えない球場 第13話「第12章:結末:次の試合へ」
翌朝、雁首市民球場の解体工事が始まった。
翌朝、雁首市民球場の解体工事が始まった。
重機の音が響き、コンクリートの壁が崩されていく。近隣の住民たちは、寂しげに、けれどどこか晴れやかな表情でその様子を見守っていた。あの消えない照明の騒動は、一夜にして伝説となり、人々の心に深く刻まれた。
紬は、作業着姿の律と一緒に、工事現場の外側に立っていた。
「本当に、終わっちゃったわね」
「ああ。でも、不思議と悲しくはないな」
律の肩には、昨夜の激闘の証である泥が少しだけ残っていた。彼の表情からは、十年間彼を苦しめていた影が完全に消えていた。
律は、完成した長椅子を新しい公園の予定地に寄贈することに決めたという。
「あのベンチに座れば、誰でも湊と一緒に野球を見てる気分になれるだろ」
そこへ、一人の少年が駆け寄ってきた。管理員の源さんの孫、拓海くんだ。彼は今や立派な高校生になり、地元の高校で野球を続けている。
「浅倉さん、日比野さん! これ、返します」
拓海くんが差し出したのは、昨夜、律が放ったホームランボールだった。球場の外の茂みで見つけたのだという。
ボールには、湊が書いたものだろうか、『Next Game』という文字が微かに残っていた。
紬はそのボールを受け取り、拓海くんに微笑んだ。
「ううん、これはあなたが持っていなさい。あなたの『次の試合』のために」
拓海くんは驚いた顔をしたが、やがて力強く頷き、ボールを大切にポケットにしまった。
湊が命をかけて繋いだ未来が、ここにある。
彼はもう、球場に縛られた幽霊ではない。この街の子供たちが投げる一球の中に、振るバットの軌道の中に、そして新しい一歩を踏み出す人々の勇気の中に、湊は生き続けていくのだ。
紬は空を見上げた。
そこには、昨夜の嵐が嘘のような、どこまでも続く透き通った青空が広がっていた。その青さは、十年前のあの日、湊が最後に見上げた空の色と同じだったのかもしれない。
彼女は胸元にある市役所の職員証を指先でなぞり、深く息を吸い込んでから前を向いた。
再開発の仕事は、更地にして終わりではない。そこから何を生み出し、どうやって街の記憶を未来へ繋いでいくか。それが本当の本番なのだ。思い出を単なる過去の遺物として壊すのではなく、新しい思い出が芽吹くための土壌を作る。それが、湊の妹として、そしてこの街で生きる一人の人間として、彼女にできる最高の「次の試合」なのだから。紬は、昨日までの自分とは違う、確かな足取りで工事車両が並ぶゲートを後にした。その背中には、もう迷いはなかった。