ナイター照明が消えない球場 第10話「第9章:核心の伏線:湊の願い」
紬は、源さんから預かったグリップテープを持って、律の元へ向かった。
紬は、源さんから預かったグリップテープを持って、律の元へ向かった。
律は工務店のベンチに座り、夜空を見上げていた。そこにはもう、迷いはなかった。
「紬、どうした。そんなに泣いて」
「これ……湊が、あなたに渡そうとしていたものよ」
紬が革のケースを差し出すと、律はそれを怪訝そうに受け取った。中身を見た瞬間、彼の全身が硬直した。
「これは……」
「湊はね、あの日、あなたが緊張しているのを知っていたの。だから、これを球場のロッカーから取りに戻った。あなたが最後の一球を、滑らずに、思い切り叩けるようにって」
律はグリップテープを握りしめ、声を殺して泣いた。
彼が十年間抱えてきた罪悪感――自分が打たなかったから湊が死んだという呪縛。それは、湊の側から見れば、全く別の意味を持っていた。
湊は律を信じていた。信じていたからこそ、彼が最高の状態で打席に立てるよう、命をかけて準備をしたのだ。
「湊……お前、バカだよ。こんなものなくても、俺は……」
律は泣き笑いのような表情で呟いた。
「わかったよ。お前の言いたいことは。お前は俺を責めてたんじゃない。ただ、『次』へ進めって言ってたんだな」
湊の願いは、試合に勝つことではなかった。
大切な仲間たちが、何かに縛られることなく、それぞれの人生という「次の試合」へ向かって歩き出すこと。そのための最後の一球を投げること。
紬は確信した。照明が消えないのは、湊がこのグリップテープをまだ律に届けていないからだ。そして、律がそれを使って打席に立っていないからだ。
「律さん、このテープ、巻いてくれますか?」
「ああ。最高のバットに仕上げてやるよ」
律は立ち上がり、未完成だった長椅子の背もたれに手を置いた。
「このベンチも、記録会までに完成させる。湊が座るための特等席だ」
全ての伏線が、一つの線で繋がった。
表層の「光の正体(街の未練)」、中層の「観客の不在(孤独な再演)」、核心の「湊の願い(次への橋渡し)」。
これら全てが解決されたとき、あの消えない照明は、役割を終えて眠りにつくだろう。