赤道直下の氷配達

赤道直下の氷配達 第6話「第4章:砂上の反逆者」

砂漠の旧道は、想像以上に過酷だった。かつてのアスファルトは熱で砕け、あちこちに深い砂溜まりができている。 スノウ・ホワイト号のヘッドライトが、闇の中に浮かび上がる廃屋の影を照らし出した。その時、サイドミラーに異常な光が映った。 複数のバイクと、改造された小型バギー。ライトを消して接近してくるそれらは、この無法地帯を根城にする略奪者たちだった。 「氷だ! 氷を積んでるぞ!」 拡声器を通した下卑た声が響く。彼らにとって、このトラックは走る金山に等しい。 ナオはアクセルを踏み込んだ。だが、砂地では巨大なトラックは小回りが利かない。バギーの一台が横に並び、運転席の窓に向かって鉄パイプを振り回す。 「ど

砂漠の旧道は、想像以上に過酷だった。かつてのアスファルトは熱で砕け、あちこちに深い砂溜まりができている。
 スノウ・ホワイト号のヘッドライトが、闇の中に浮かび上がる廃屋の影を照らし出した。その時、サイドミラーに異常な光が映った。
 複数のバイクと、改造された小型バギー。ライトを消して接近してくるそれらは、この無法地帯を根城にする略奪者たちだった。
「氷だ! 氷を積んでるぞ!」
 拡声器を通した下卑た声が響く。彼らにとって、このトラックは走る金山に等しい。
 ナオはアクセルを踏み込んだ。だが、砂地では巨大なトラックは小回りが利かない。バギーの一台が横に並び、運転席の窓に向かって鉄パイプを振り回す。
「どけ! 邪魔をするな!」
 ナオは無線機のスイッチを入れた。
「ゲンさん、略奪者に絡まれました。何か手は?」
『貨物室の排熱弁を開け! ドライアイスの緊急放出だ!』
「でも、氷が溶ける!」
『一瞬だ! 死ぬよりはマシだろ!』
 ナオは迷わず、コンソールの赤いボタンを叩いた。
 プシュッ、という激しい音とともに、トラックの後方から真っ白な霧が噴出した。冷却用のドライアイスが気化し、瞬時に周囲の視界を奪う。
「うわっ! 何も見えねえ!」
 略奪者たちの悲鳴が遠ざかる。ナオはその隙に、父の地図に記されていた「枯れ川の底」へと車体を滑り込ませた。そこは砂が固まっており、重量のあるトラックでも速度を出せる隠れた高速路だった。
 十分後、ナオの目の前に、古びた給水塔と、その下に身を寄せ合うように建つ小さなプレハブ小屋が現れた。
 診療所だ。
 ナオはブレーキを蹴り飛ばし、トラックを止めた。ドアを開けると、熱風とともに、一人の青年が駆け寄ってくるのが見えた。
「本当に……本当に来てくれたのか……?」
 青年の名はテオ。彼の背後の診療所からは、うめき声と、必死に団扇で患者を仰ぐ人々の影が見えていた。
 ナオはトラックのリアゲートを開いた。冷気が溢れ出し、砂漠の夜を一瞬だけ冬に変えた。
「急いでください。長くは止まっていられない。……俺には、まだ行くべき場所があるんだ」
 氷の塊を運び出しながら、ナオはテオの顔を見た。そこにあるのは、AIの計算には決して現れない、剥き出しの「感謝」という名の感情だった。
 だが、その喜びも束の間だった。
「ナオ! 大病院のアイラ先生から無線が入った!」
 テオが叫んだ。
「病院の予備電源が爆発したって。……あと一時間以内に氷が届かなければ、手術中の患者も、ICUの子供たちも、全員死ぬ!」
 ナオの全身に戦慄が走った。時計を見る。大病院までは、ここから最短でも一時間半。……間に合わない。
 絶望がナオを襲ったその時、古い無線機から再びノイズが響いた。それはゲンではなく、もっと低く、どこか懐かしい響きを持った声だった。
『……道がないなら……氷で埋めろ……』
 ナオは息を呑んだ。それは、十年前に死んだはずの父の声だった。
(続く)