赤道直下の氷配達 第5話「第3章:効率の外側」
その声は、若い男のものだった。必死で、今にも泣き出しそうな、それでいて諦めていない声。 「こちらスノウ・ホワイト号。応答してください。現在地は?」 『……ハイウェイから……北へ十キロ……砂漠の廃村にある……臨時診療所です……太陽嵐で……冷却装置が止まった……あと二時間で……薬も、患者も……』 ナオは脳内の地図を広げた。ハイウェイの北。そこはかつて「非居住区」に指定された場所だ。管理AIの計算では、そこには誰もいないはずだった。あるいは、いたとしても「救う価値がない」と判定されていた場所だ。 コンソールの端で、死にかけのAIが最後の計算結果を表示していた。 「生存優先度:大病院 98% / 診療
その声は、若い男のものだった。必死で、今にも泣き出しそうな、それでいて諦めていない声。
「こちらスノウ・ホワイト号。応答してください。現在地は?」
『……ハイウェイから……北へ十キロ……砂漠の廃村にある……臨時診療所です……太陽嵐で……冷却装置が止まった……あと二時間で……薬も、患者も……』
ナオは脳内の地図を広げた。ハイウェイの北。そこはかつて「非居住区」に指定された場所だ。管理AIの計算では、そこには誰もいないはずだった。あるいは、いたとしても「救う価値がない」と判定されていた場所だ。
コンソールの端で、死にかけのAIが最後の計算結果を表示していた。
「生存優先度:大病院 98% / 診療所 0%」
0パーセント。それがシステムの出した答えだった。限られた資源を、より確実な場所へ。それがこの世界の正義だった。
「ナオ、どうした」
ゲンの声が無線から響く。
「診療所からSOSです。でも、ルートを外れれば大病院への到着が遅れる。氷も溶ける。……AIは、診療所を無視しろと言っています」
『AIは命を数えない。ただの数字として処理するだけだ。だがナオ、お前は人間だ。ドライバーだ。荷物をどこへ届けるか決めるのは、機械じゃない、お前だ』
ナオは唇を噛んだ。父の死の時のことを思い出す。父もまた、嵐の夜にルートを外れた。そして戻ってこなかった。公式の記録では「操縦ミスによる事故」とされていたが、ナオは信じていなかった。
「……行きます。診療所へ」
ナオはステアリングを切り、ハイウェイの舗装路を捨てて砂の斜面へと突っ込んだ。巨大なタイヤが砂を噛み、車体が激しく揺れる。
「効率なんて知るか。俺が運んでいるのは、数字じゃない。氷だ!」