赤道直下の氷配達

赤道直下の氷配達 第4話「第2章:砂漠の孤児たち」

ナオは息を呑んだ。無線の向こうから聞こえる声は、若く、そして極限の疲労と恐怖に染まっていた。 「こちらスノウ・ホワイト号。聞こえますか! 現在地を教えてください!」 ナオは叫ぶように問いかけた。 『……ああ……誰か……誰かいるのか……!? こちらは……第8居住区の……廃墟にある……臨時診療所です……』 「第8居住区……?」 ナオは記憶の底にある地図を必死に手繰り寄せた。そこは十年前の熱波で完全に放棄され、今は地図上では「無人地帯」として黒く塗りつぶされている場所だ。 『……避難民たちが……子供たちが……三十人以上……熱中症で……。太陽嵐で……太陽電池が……パンクした……。冷却ファンが……止まっ

ナオは息を呑んだ。無線の向こうから聞こえる声は、若く、そして極限の疲労と恐怖に染まっていた。
「こちらスノウ・ホワイト号。聞こえますか! 現在地を教えてください!」
 ナオは叫ぶように問いかけた。
『……ああ……誰か……誰かいるのか……!? こちらは……第8居住区の……廃墟にある……臨時診療所です……』
「第8居住区……?」
 ナオは記憶の底にある地図を必死に手繰り寄せた。そこは十年前の熱波で完全に放棄され、今は地図上では「無人地帯」として黒く塗りつぶされている場所だ。
『……避難民たちが……子供たちが……三十人以上……熱中症で……。太陽嵐で……太陽電池が……パンクした……。冷却ファンが……止まって……このままじゃ……』
 声が途切れる。激しいノイズが再び無線を支配した。
 ナオは呆然と、死にかけのコンソールを見つめた。そこには、中央AIが最後に算出した「生存優先度」の残像が、虚しく明滅していた。
「生存優先度:大病院 98% / 第8居住区 0%」
 0パーセント。
 それが、この世界のシステムが出した答えだ。居住区として認められていない場所、登録されていない人々。彼らは、AIの計算式においては「存在しない」ものとして扱われる。救う価値も、守る義務もない、切り捨てられた端数。
「……そんなの」
 ナオの脳裏に、かつての父の姿が浮かんだ。
 父もまた、あの夜、この無線機で誰かの叫びを聞いたのではないか。そして、AIが「0%」と断じた場所へ、独りで向かったのではないか。
『ナオ、どうした』
 ゲンの声が、冷静に問いかける。
「ゲンさん……診療所に、人がいるんです。子供たちが死にかけている。……でも、大病院へ行くのが僕の任務だ。氷は、病院で待っている何千人のためのものだ」
『ああ、そうだ。効率を考えれば、病院へ行くのが正解だ。診療所へ向かえば、病院の誰かを見捨てることになるかもしれん。……それが、この世界のルールだ』
 ゲンの言葉は冷たかったが、その裏にはナオを試すような響きがあった。
「……父さんは、どうしたと思いますか」
『あいつか? あいつは馬鹿だったからな。……「俺が運んでいるのは氷じゃない、明日だ」なんて抜かして、一番効率の悪い道を選びやがった』
 ナオはハンドルを握る手に力を込めた。
 病院へ行けば、自分は「優秀な配送助手」として認められるだろう。父のような「事故」を起こさず、完璧に任務を遂行した英雄として。
 だが、その英雄の称号は、砂漠の片隅で死んでいく三十人の子供たちの命の上に築かれるものだ。
「……僕は、父さんの息子だ」
 ナオは独りごちた。
「効率なんて、クソ食らえだ」
 彼は第一速を叩き込み、クラッチを繋いだ。
 スノウ・ホワイト号が、猛然と砂を蹴り上げた。ハイウェイの舗装路を逸れ、誰もいないはずの死の荒野へと、巨大な車体が躍り出る。
「ゲンさん、診療所へ行きます! 最短ルートは捨てました!」
『……ふん。やっぱり馬鹿の息子は馬鹿だな。……いいかナオ、砂漠の旧道は罠だらけだ。タイヤの空気圧を落とせ。砂に埋まったら終わりだぞ!』
 ゲンの叱咤激励を受けながら、ナオは闇の中へと突っ込んでいった。
 そこには、AIの目には映らない、剥き出しの命の叫びが待っていた。