赤道直下の氷配達

赤道直下の氷配達 第3話「第1.5章:電子の断末魔」

世界が、一瞬にして変貌した。 コックピットを照らしていた整然としたホログラムが掻き消え、代わりに真っ赤なエラーメッセージが視界を埋め尽くす。 『致命的なエラー。外部通信途絶。自己診断プログラム実行中……』 スノウ・ホワイト号の巨体が、見えない巨大な手に掴まれたかのように激しく揺れた。太陽嵐による強力な電磁パルスが、トラックの電子制御系を直撃したのだ。 「主任! 応答してください! 三号車、聞こえますか!」 ナオは通信スイッチを連打したが、返ってくるのは耳を劈くような電子音だけだった。 窓の外では、車列がパニックに陥っていた。制御を失った無人トラックが蛇行し、互いの車体を削り合いながら砂漠へと突

世界が、一瞬にして変貌した。
 コックピットを照らしていた整然としたホログラムが掻き消え、代わりに真っ赤なエラーメッセージが視界を埋め尽くす。
『致命的なエラー。外部通信途絶。自己診断プログラム実行中……』
 スノウ・ホワイト号の巨体が、見えない巨大な手に掴まれたかのように激しく揺れた。太陽嵐による強力な電磁パルスが、トラックの電子制御系を直撃したのだ。
「主任! 応答してください! 三号車、聞こえますか!」
 ナオは通信スイッチを連打したが、返ってくるのは耳を劈くような電子音だけだった。
 窓の外では、車列がパニックに陥っていた。制御を失った無人トラックが蛇行し、互いの車体を削り合いながら砂漠へと突っ込んでいく。一台のタンク車が横転し、中から冷却用の液体窒素が噴き出して、周囲の砂を一瞬で凍りつかせた。
「くそっ、止まれ! 止まってくれ!」
 ナオは格納されていたステアリングを力任せに引き出した。だが、電子式のパワーステアリングは死んでおり、ハンドルは岩のように重い。
 彼は両足を踏ん張り、全体重をかけてブレーキペダルを蹴り飛ばした。
 キィィィィィィィン!!
 ディスクブレーキが真っ赤に加熱し、火花を散らす。スノウ・ホワイト号は数十メートルも砂の上を滑走し、最後は巨大な岩の数センチ手前で、ようやくその動きを止めた。
 静寂が訪れた。
 いや、それは静寂ではなかった。コックピットの外では、熱風が砂を巻き上げる音が響き、遠くでは大破したトラックから漏れ出したガスがシュウシュウと音を立てている。
 ナオは激しく上下する肩を落ち着かせようと、深く息を吸い込んだ。車内のエアコンは止まり、気温はみるみるうちに上昇している。耐熱スーツのファンも停止し、肌にまとわりつくような熱気が不快感を煽る。
「……落ち着け。まずは現状確認だ」
 ナオは予備の懐中電灯を手に取り、暗闇に包まれた車内を照らした。メインバッテリーは死んでいるが、ゲンが独自に増設した「アナログ系統」の電源だけは、かすかに息をしていた。
 彼はコンソールの下にある隠しスイッチを入れた。それは、父の時代に使われていた古い物理式の計器類を起動させるためのものだ。
 針式の速度計、アナログの燃料計、そして……。
「……生きてる」
 ナオの目が、内ポケットの無線機に向けられた。ゲンの渡してくれたあの無線機だ。
 彼は震える指でボリュームを回した。
『……ナオ……無事か……?』
 ノイズの向こうから、ゲンの嗄れ声が聞こえた瞬間、ナオの目から涙が溢れそうになった。
「ゲンさん! はい、なんとか。でも、車列は壊滅的です。僕のトラックも、メインシステムが焼き切れました」
『想定内だ。……いいか、ナオ。今、お前の周りにいる連中は、みんな電子の鎖に繋がれたまま動けなくなっている。だが、お前のスノウ・ホワイト号には、俺が仕込んだ「予備の心臓」がある』
「予備の心臓……?」
『コックピットの床下だ。工具箱の裏にある赤いレバーを引け。それは電子制御を一切介さない、完全マニュアルの燃料噴射システムだ。父さんが昔、砂嵐を越えるために使っていた秘密の改造だ』
 ナオは言われた通り、床下のレバーを力一杯引いた。
 ググッ、という手応えとともに、何かが噛み合う音がした。
 彼はイグニッションキーを回した。
 ドォォォォォン!!
 腹の底に響くような、力強い振動。電子音ではない、本物のエンジンの咆哮が、スノウ・ホワイト号を内側から震わせた。
「かかった……! 動けます、ゲンさん!」
『よし。だが、ここからが本番だ。道は消えた。GPSも使えない。……お前の「勘」だけが、大病院への唯一の道標だ』
 ナオはハンドルを握り締めた。かつて父がそうしていたように。
 だが、彼が大病院へ向けて第一速に入れようとしたその時、無線機から別の、悲痛な叫びが飛び込んできた。
『……誰か……助けて……診療所です……子供たちが……熱で……』
 それは、ナオの運命を大きく変える、効率の外側からの叫びだった。