赤道直下の氷配達 第11話「第9章:零時の疾走」
崖っぷちに立つスノウ・ホワイト号のタイヤが、崩れやすい岩肌を削り取る。 眼下には、大病院の搬入口が口を開けていた。高低差は約十五メートル。通常なら、二十トンを超える貨物車が飛び降りれば、車体は粉々に砕け、中の氷もただの破片と化すだろう。 だが、ナオには成算があった。 「主任、他の皆さんはここでドローンの標的を引き受けてください! 俺が氷と一緒に飛び降ります!」 『正気か、ナオ! 死ぬ気か!』 「死にません! 貨物室の氷をクッションにするんです!」 ナオは貨物室の固定ロックをすべて解除した。 ドローンの放った威嚇射撃が、トラックの側面に火花を散らす。AIは依然として、ナオの行動を「自殺的ミス」と
崖っぷちに立つスノウ・ホワイト号のタイヤが、崩れやすい岩肌を削り取る。
眼下には、大病院の搬入口が口を開けていた。高低差は約十五メートル。通常なら、二十トンを超える貨物車が飛び降りれば、車体は粉々に砕け、中の氷もただの破片と化すだろう。
だが、ナオには成算があった。
「主任、他の皆さんはここでドローンの標的を引き受けてください! 俺が氷と一緒に飛び降ります!」
『正気か、ナオ! 死ぬ気か!』
「死にません! 貨物室の氷をクッションにするんです!」
ナオは貨物室の固定ロックをすべて解除した。
ドローンの放った威嚇射撃が、トラックの側面に火花を散らす。AIは依然として、ナオの行動を「自殺的ミス」と判断しているようだった。だからこそ、ドローンは致命的な箇所への攻撃を躊躇している。AIにとって、貴重な氷を積んだトラックを完全に破壊することは、最も効率の悪い選択だからだ。
「今だ!」
ナオはシフトレバーを叩き込み、崖の縁を蹴った。
浮遊感。
巨大な鋼鉄の塊が、夜の闇の中をゆっくりと落下していく。その瞬間、ナオはリアゲートを全開にした。
数千キロの氷が、トラックの落下速度を上回る勢いで後方へ吐き出される。それはまるで、白い翼を広げた巨大な鳥のようにも見えた。
ドォォォォォン!!
凄まじい衝撃がナオを襲った。シートベルトが肩に食い込み、視界が真っ白になる。
トラックは、先に落下して山となった氷の上に突っ込み、その冷たいクッションによって致命的な破壊を免れた。車体は大きく傾き、搬入口のシャッターを突き破って、病院の地下フロアへと滑り込んだ。
静寂が戻る。
立ち込める冷気と煙の中で、ナオは意識を繋ぎ止めた。鼻の奥に鉄の味がする。額から流れた血が目に入り、世界が赤く染まっていた。
「……はぁ、はぁ……届いたぞ……」
ナオは震える手でドアを開け、外に転がり落ちた。
そこには、防護服を着た病院のスタッフたちが、呆然と立ち尽くしていた。
「氷だ! 本当に氷が来たぞ!」
誰かの叫び声が響く。
すぐに作業員たちが駆け寄り、散らばった氷の塊を担架やカートに積み込み始めた。
「ナオさん!」
人混みをかき分けて、一人の女性が駆け寄ってきた。アイラだ。彼女の白衣は汗と汚れでボロボロだったが、その瞳には強い光が宿っていた。
「信じられない……本当にあそこから飛び降りるなんて。あなたは英雄よ」
「英雄なんかじゃ……ありません。ただの、配送助手です」
ナオはアイラの肩を借りて立ち上がった。
「アイラ先生、すぐに氷を。ICUの子供たちは?」
「間に合うわ。あなたの持ってきた氷があれば、電源が復旧するまで持たせられる。……ありがとう、本当に」
アイラの感謝の言葉を聞きながら、ナオは地下フロアの隅に設置されたモニターを見上げた。そこには、病院の管理AIが算出した最新のデータが表示されていた。
「生存優先度:100%」
ナオは自嘲気味に笑った。結果が出れば、AIは手のひらを返したようにそれを正解とする。だが、その過程でどれだけの「非効率」な勇気が必要だったか、この機械は永遠に理解しないだろう。