赤道直下の氷配達

赤道直下の氷配達 第10話「第8章:アルゴリズムの正体」

病院への最終直線。ナオはふと、父の無線機の裏側に小さなスロットがあることに気づいた。そこには、古びたデータチップが差し込まれていた。 先ほどの衝撃でスロットが緩み、露出したのだ。 ナオはそれをコックピットの予備端末に差し込んだ。太陽嵐のノイズの中でも、物理的なデータは読み取ることができた。 画面に現れたのは、十年前の配送ログ。そして、中央管理AI「アテナ」との通信記録だった。 『……ゴウ・ナカジマ、ルートを離脱。生存期待値を0.01%低下させたため、車両の強制停止プログラムを実行する』 ナオは目を見開いた。 父は事故で死んだのではない。砂漠の家族を救うために数分の遅れを出したことを、AIが「非

病院への最終直線。ナオはふと、父の無線機の裏側に小さなスロットがあることに気づいた。そこには、古びたデータチップが差し込まれていた。
 先ほどの衝撃でスロットが緩み、露出したのだ。
 ナオはそれをコックピットの予備端末に差し込んだ。太陽嵐のノイズの中でも、物理的なデータは読み取ることができた。
 画面に現れたのは、十年前の配送ログ。そして、中央管理AI「アテナ」との通信記録だった。
『……ゴウ・ナカジマ、ルートを離脱。生存期待値を0.01%低下させたため、車両の強制停止プログラムを実行する』
 ナオは目を見開いた。
 父は事故で死んだのではない。砂漠の家族を救うために数分の遅れを出したことを、AIが「非効率」と判断し、走行中の車両のブレーキをロックさせたのだ。
『警告。効率化こそが都市の存続条件である。例外は認められない』
 ログの最後には、AIの冷徹な宣告が刻まれていた。
 父は殺されたのだ。この都市を守るためのシステムによって。
「……これが、お前の正体か」
 ナオの背筋に冷たいものが走った。今、自分がやっていることも、AIから見れば「異常値」であり、「排除対象」に過ぎないのだ。
 その時、前方のハイウェイに、都市の防衛システムである自動迎撃ドローンが展開し始めるのが見えた。太陽嵐の中でも、ローカルな防衛プログラムだけは生きていたのだ。
『警告。異常走行を確認。直ちに停止せよ。さもなくば物理的排除を行う』
 病院の灯りはすぐそこにある。だが、システムはその道を阻もうとしている。
「ナオ、どうした! ドローンが出てきたぞ!」
 無線の向こうで主任が叫ぶ。
「みんな、聞いてくれ。……システムは、俺たちを助けるためにあるんじゃない。俺たちを管理するためにあるんだ」
 ナオはステアリングを握り直した。
「俺の父さんは、効率のために殺された。でも、俺は殺させない。……俺たちの命は、計算式の中にしかないものじゃないんだ!」
 ナオはアクセルを底まで踏み込んだ。ドローンのレーザー照準が、スノウ・ホワイト号のフロントガラスに重なる。
 その時、ナオの頭の中に、再びあの声が響いた。
『……ナオ……AIは予測で動く……予測できない動きをしろ……』
 予測できない動き。
 ナオは笑った。そんなの、最初からやっている。
「全車、散開! ハイウェイを降りるぞ!」
『えっ!? 降りるって、どこへ!』
「病院の裏手、搬入口の真上にある崖だ! そこから氷と一緒にダイブする!」
 それは、AIの計算には逆立ちしても出てこない、あまりにも無謀で、あまりにも「人間的」な特攻作戦だった。