海底駅の最終乗客 第7話「第6章:量子の共鳴」
青白い光は、まるで生き物のように通路を駆け巡り、ハッチの隙間から中へと吸い込まれていった。 すると、鋼鉄のハッチが次第に透き通り始め、その向こう側の景色が見えてきた。 そこは、二十年前の「第四区画」だった。 浸水し、泥にまみれた空間。だが、そこには一人の少年が座っていた。 海斗だ。 彼は膝を抱え、小さな声で歌を歌っていた。彼の周囲には、いくつもの光の球が浮かんでおり、それがかつての乗客たちの「楽しかった記憶」を映し出していた。ある球には家族旅行の食卓が、別の球には恋人たちの語らいが映っていた。 「……お姉ちゃん?」 海斗がゆっくりと顔を上げた。その姿は、先ほどホームで見たときよりもずっと鮮明で
青白い光は、まるで生き物のように通路を駆け巡り、ハッチの隙間から中へと吸い込まれていった。
すると、鋼鉄のハッチが次第に透き通り始め、その向こう側の景色が見えてきた。
そこは、二十年前の「第四区画」だった。
浸水し、泥にまみれた空間。だが、そこには一人の少年が座っていた。
海斗だ。
彼は膝を抱え、小さな声で歌を歌っていた。彼の周囲には、いくつもの光の球が浮かんでおり、それがかつての乗客たちの「楽しかった記憶」を映し出していた。ある球には家族旅行の食卓が、別の球には恋人たちの語らいが映っていた。
「……お姉ちゃん?」
海斗がゆっくりと顔を上げた。その姿は、先ほどホームで見たときよりもずっと鮮明で、血の通った人間のように見えた。
「海斗!」
志織が透き通ったハッチを通り抜け、海斗を抱きしめた。
今度は、彼女の腕は空を切らなかった。彼女は確かに、少年の小さな体温と、濡れたレインコートの感触を感じていた。
「ごめんなさい、海斗。ずっと、ずっと一人にして……。お姉ちゃん、本当に馬鹿だった」
「お姉ちゃん、泣かないで。僕、寂しくなかったよ。駅長さんが、時々ここに来てくれたから。駅長さんはね、僕に謝りながら、地上の話をたくさんしてくれたんだ」
海斗の言葉に、陸は胸を突かれた。
「祖父が……ここに来ていた?」
「うん。夜になると、あの鍵を持ってきて、ここを開けてくれたんだ。駅長さんはいつも『ごめんな、海斗くん。もうすぐ地上へ連れて行くからな』って言って、僕に面白いお話をしてくれたんだよ。地上の空は青いんだよとか、山には緑の木がたくさんあるんだよとか」
陸は、祖父の晩年の姿を思い出した。彼は毎晩のように「仕事の確認だ」と言って、深夜の駅へ出かけていた。彼は会社に背き、一人でこの第四区画の「記憶」を守り続けていたのだ。彼は英雄ではなかったかもしれない。だが、彼は一人の子供を見捨てたままにすることはできなかった。
「海斗くん。祖父の代わりに、僕が君を地上へ連れて行く。それが、この駅の本当の最終列車の役割だ」
陸がそう言った瞬間、駅全体に激しい警告音が響き渡った。
『警告。外部構造の崩壊を確認。完全封鎖まで残り四十分。全職員は直ちに退避してください。自動海水注入システムを起動します』
地上の管理センターが、異常なエネルギー反応を感知し、封鎖プロセスを強制的に加速させたのだ。
「時間がない! 海斗くん、この通路を通ってホームへ戻るんだ!」
陸は二人を急かしたが、海斗は首を振った。
「ダメだよ、お兄ちゃん。僕は、この場所から離れられないんだ。僕はもう、この駅の一部になっちゃったから。僕が行くと、駅が壊れちゃう」
「そんなこと言わないで! 海斗、一緒に行くのよ! あなたがいない世界なんて、もう嫌!」
志織が必死に海斗を引くが、彼の足元は光の粒子となって地面に溶け込んでいた。
「海斗くん、君の持っている切符を見せてくれ」
陸が叫んだ。海斗はポケットから、あの硬券を取り出した。
「その切符は、地上へ行くためのものだ。祖父が君に渡した、最後の約束なんだ。君の意志があれば、この駅の記憶を『列車』に変えられる! 物理的な体じゃなくてもいい、君の想いを地上へ運ぶんだ!」
陸は日誌の裏表紙に隠されていた、もう一つの操作手順を思い出した。それは、駅の全エネルギーを一時的に一点に集中させ、量子の共鳴を物理的な推進力に変えるという、科学と幻想の境界にある理論だった。
「やるしかない……! 全てを賭ける!」
陸は制御パネルのレバーを、極限まで押し込んだ。