海底駅の最終乗客 第6話「第5章:虚構の無事故記録」
陸は、日誌に記された「秘密の連絡通路」の場所を特定した。それは、3番ホームのさらに奥、現在は巨大な変電設備によって隠されている場所だった。 「雨宮さん、これを」 陸は志織に、予備の懐中電灯と非常用の酸素マスクを渡した。 「ここから先は、公式には存在しない場所です。何が起きてもおかしくない。深海の圧力が、物理法則を歪めている可能性があります」 「怖くないわ。あの子がそこにいるなら、地獄の底だって行く」 志織の瞳には、迷いはなかった。彼女は二十年間、この瞬間のために生きてきたのだ。 二人は変電設備の裏側に回り込み、埃にまみれたレバーを見つけた。陸が力任せにそれを引くと、重厚な金属音が響き、壁の一部
陸は、日誌に記された「秘密の連絡通路」の場所を特定した。それは、3番ホームのさらに奥、現在は巨大な変電設備によって隠されている場所だった。
「雨宮さん、これを」
陸は志織に、予備の懐中電灯と非常用の酸素マスクを渡した。
「ここから先は、公式には存在しない場所です。何が起きてもおかしくない。深海の圧力が、物理法則を歪めている可能性があります」
「怖くないわ。あの子がそこにいるなら、地獄の底だって行く」
志織の瞳には、迷いはなかった。彼女は二十年間、この瞬間のために生きてきたのだ。
二人は変電設備の裏側に回り込み、埃にまみれたレバーを見つけた。陸が力任せにそれを引くと、重厚な金属音が響き、壁の一部がゆっくりと回転した。
そこには、二十年間誰も足を踏み入れていない、暗く冷たい通路が続いていた。
通路の壁面には、当時の避難誘導のための矢印が描かれていたが、それは途中で途切れていた。足元には、誰かが落としたと思われる靴や、子供のおもちゃ、そして飲みかけのペットボトルが散乱している。すべてが、あの瞬間のまま凍結されたかのように、当時のままの姿で残っていた。
「見て、これ……」
志織が拾い上げたのは、泥に汚れた名札だった。『あめみや』と書かれている。
「海斗のものだわ。あの子、ここにいたのね……。一人で、この暗闇の中で……」
陸は通路の奥を見据えた。そこには、巨大な鋼鉄のハッチが鎮座していた。第四区画への入り口だ。そのハッチは、周囲の壁よりも一段と冷たく、不気味な威圧感を放っていた。
ハッチの表面には、無数の引っかき傷が残っていた。それは、内側から誰かが必死に開けようとした痕跡だった。金属が削れた跡が、生々しく残っている。
「じいちゃん……あんたは、この傷を見ても平気だったのか?」
陸は激しい怒りに震えた。だが、その怒りはすぐに別の感情に取って代わられた。ハッチの向こう側から、微かな歌声が聞こえてきたのだ。
それは、当時の子供たちの間で流行っていたアニメの主題歌だった。明るいメロディが、この陰惨な場所には不釣り合いなほど無邪気に響いていた。
「海斗……? 海斗なのね!」
志織がハッチに駆け寄り、狂ったように叩いた。
「開けて! 海斗! お姉ちゃんよ! 迎えに来たのよ!」
しかし、ハッチは微動だにしない。陸は日誌の指示を思い出した。
「雨宮さん、下がってください! 物理的に開けるんじゃない。システムの共鳴を利用するんだ!」
陸はハッチの横にある制御パネルに、真鍮の鍵を差し込んだ。
その瞬間、駅全体の照明が完全に消え、代わりに通路の壁面が青白く、まるで蛍の光のように発光し始めた。