鳥籠列車は冬を運ぶ

鳥籠列車は冬を運ぶ 第2話「第1章:銀嶺への旅立ち」

氷翼号が中央都市セレスティアの巨大なドームを抜け出すと、車窓には見渡す限りの灰色の荒野が広がった。ここは「停滞期」と呼ばれる、季節の配分を受けられない見捨てられた土地だ。 「ユノ、新しい助手のサイラスさんだ。今日から北の配分所まで同行してもらう」 車掌長に紹介されたのは、顔中に深い皺を刻んだ、岩のように頑強そうな老人だった。サイラスと名乗ったその男は、ユノの挨拶に短く頷くだけで、その視線は常に列車の後方――冬の鳥籠が置かれた貨物室へと向けられていた。 「見習いさん、あんたは冬が好きか?」 作業服の袖をまくりながら、サイラスが唐突に尋ねてきた。ユノは少し考えてから答えた。 「好き、というのとは少

氷翼号が中央都市セレスティアの巨大なドームを抜け出すと、車窓には見渡す限りの灰色の荒野が広がった。ここは「停滞期」と呼ばれる、季節の配分を受けられない見捨てられた土地だ。
「ユノ、新しい助手のサイラスさんだ。今日から北の配分所まで同行してもらう」
 車掌長に紹介されたのは、顔中に深い皺を刻んだ、岩のように頑強そうな老人だった。サイラスと名乗ったその男は、ユノの挨拶に短く頷くだけで、その視線は常に列車の後方――冬の鳥籠が置かれた貨物室へと向けられていた。
「見習いさん、あんたは冬が好きか?」
 作業服の袖をまくりながら、サイラスが唐突に尋ねてきた。ユノは少し考えてから答えた。
「好き、というのとは少し違います。でも、必要だと思っています。私の故郷は『永続する春』の指定地区でしたが……季節が巡らない場所では、病気も流行りやすく、何より人の心が腐っていくのを見てきましたから」
 サイラスの瞳の奥に、鋭い光が宿った。
「春の熱病か。管理局の連中は、心地よい季節だけを与えておけば人間は幸せだと信じている。だがな、冬がなけりゃあ、人間は終わらせるべきものを終わらせられんのだ」
 サイラスはそれ以上語らず、石炭の燃え盛る機関室へと向かった。
 列車が最初の停車駅《霧の街》に近づくにつれ、ユノの不安は的中し始めた。プラットホームに降り立つと、そこにあるはずの「初冬の冷気」が全く感じられないのだ。人々はコートも着ずに歩き回り、ある老婆は不思議そうに空を見上げていた。
「おかしいねえ。去年の今頃は、もっと……白くて、冷たいものが空から降っていた気がするんだが。あれを何と言ったかね」
 ユノは息を呑んだ。人々が「雪」という言葉を、その感覚と共に忘れ始めている。

その日の夜、ユノは客車を回りながら、乗客たちの様子を観察した。
 氷翼号の食堂車では、本来なら冬の訪れを祝う「銀嶺祭」の特別メニューが出されるはずだった。温かいシチューと、雪の結晶を模したパイ。しかし、厨房のシェフは困惑した顔で鍋を見つめていた。
「車掌さん、変なんだ。シチューの味付けが思い出せない。それどころか、このパイの形……これが何を意味していたのか、さっぱり分からなくなっちまった」
 食堂車の窓の外には、かつては美しいダイヤモンドダストが見られたはずの峡谷が続いていた。だが、今のそこにあるのは、ただの暗く冷え切った闇だけだ。乗客たちは黙々と食事を摂っていたが、その表情には生気がなく、まるですべての感情をどこかに置き忘れてきたかのようだった。
 ユノは一人の老紳士に声をかけた。彼は窓の外をじっと見つめ、空のグラスを握りしめていた。
「お客様、何かお困りですか?」
「……いや。ただ、何か大切な約束をしていた気がするんだ。この季節になったら、誰かと一緒に、あの白い光を見るんだと。でも、その『誰か』の顔も、約束の内容も、霧の中に消えてしまった」
 老紳士の瞳には、深い孤独の色が浮かんでいた。それは、記憶を奪われたことによる空虚さだった。
 ユノは自分の胸元にある、母の形見のペンダントに触れた。そこには小さな雪の結晶の細工が施されている。もし、このまま鳥籠が空になれば、自分の中にある母との思い出も、このペンダントの形が何を意味するのかも、すべて消えてしまうのだろうか。
 恐怖が、冷たい蛇のように背筋を這い上がった。