記憶を売らない写真館

記憶を売らない写真館 第13話「第12章:新しい記憶を撮る場所」

事件から数ヶ月が経過した。 メモリーリンク社は、地下施設の暴走と人道に反するデータ利用が明るみに出て、社会的な大バッシングを浴びて撤退を余儀なくされた。再開発計画は大幅に見直され、古い建物の情緒を活かしつつ、新しいクリエイターや若者を呼び込む「文化共生型」の街づくりへと方針が転換された。 花びら商店街には、かつての活気が、より新しい形で戻りつつあった。シャッターは次々と開き、新しくオープンしたアンティークショップやブックカフェからは、多様な世代の笑い声が聞こえてくる。 崩落した「坂上写真館」は、商店街の住民たちの全面的な協力によって、以前よりも明るく、開放的なデザインで再建された。 新しい店の

事件から数ヶ月が経過した。
 メモリーリンク社は、地下施設の暴走と人道に反するデータ利用が明るみに出て、社会的な大バッシングを浴びて撤退を余儀なくされた。再開発計画は大幅に見直され、古い建物の情緒を活かしつつ、新しいクリエイターや若者を呼び込む「文化共生型」の街づくりへと方針が転換された。
 花びら商店街には、かつての活気が、より新しい形で戻りつつあった。シャッターは次々と開き、新しくオープンしたアンティークショップやブックカフェからは、多様な世代の笑い声が聞こえてくる。
 崩落した「坂上写真館」は、商店街の住民たちの全面的な協力によって、以前よりも明るく、開放的なデザインで再建された。
 新しい店の看板には、伊織が心を込めて書いた文字が躍っている。
『坂上写真館――未来の音を撮る場所』
 伊織は、最新の設備と昔ながらの暗室が共存する新しい作業場で、一枚の写真を仕上げていた。
 それは、再建記念の日に商店街の住人全員で撮った、特大の集合写真だ。辰巳爺は照れくさそうに、しかし誇らしげに笑い、玲奈は写真館の正式な助手として、カメラの横でテキパキと指示を出している。
 伊織はその写真の表面に、そっと指を滑らせた。
 聞こえてくるのは、もう過去の亡霊たちの悲しい叫びではない。
 ――「伊織くん、この写真、最高の出来だよ!」
 ――「次は私の孫の七五三、頼むわね」
 ――「この街の音、本当に優しくなったわね」
 それは、今この瞬間を懸命に生きる人々の、力強く、瑞々しい生命の響きだった。
 伊織の「聴憶」の能力は、あの日以来、より繊細で豊かなものへと進化していた。しかし、彼はもうそれを呪いだとは思っていない。過去の音を聞くことは、人々の心に寄り添い、新しい未来の音を奏でるための、大切な準備なのだと、今の彼は確信している。
 店のドアが開く、軽やかな鈴の音がした。
「伊織さん、予約のお客様がお見えですよ」
 玲奈が、かつての事務的な笑顔とは違う、心からの明るい声で呼ぶ。彼女の胸元には、あの日伊織が音を吹き込んだロケットペンダントが、彼女の新しい人生の護符として、美しく輝いていた。
「すぐ行くよ」
 伊織は愛用のカメラを手に取り、暗室を出た。
 表には、新しく家族になったばかりの若い夫婦が、生後数ヶ月の赤ん坊を大切そうに抱いて待っていた。
「お願いします。この子が大きくなって、もし道に迷った時に、今日のこの温かい空気と、私たちの喜びを思い出せるような……そんな『音』のする写真を撮ってください」
「……はい。精一杯、心を込めて撮らせていただきます」
 伊織はファインダーを覗き、ピントを合わせた。
 シャッターを切る直前、彼は心の底から願った。
 この写真に宿る音が、この子の人生の、決して消えない灯火になりますように。
 カシャリ、という小気味よい音が店内に響いた。それは、新しい記憶が世界に刻まれた、祝福の音だった。