消える方言のラジオ局 第9話「第八章:核心の告白」
航平の幻影は、悲しげな瞳で真帆を見つめていた。その唇は動いていないが、声は直接真帆の意識に流れ込んでくる。それは風の音のようでもあり、潮騒のようでもあった。 『真帆……大きくなったな。こんな形で再会することになるとは思わなかった。お前にだけは、この重荷を背負わせたくなかったのだが』 「お父さん、どうして……。どうして私たちを置いて行ったの? 言葉を探しに行くなんて言って、こんな霧の中に閉じこもって! お母さんも、おばあちゃんも、どれだけ泣いたと思ってるの!」 真帆の叫びに、航平の輪郭が微かに揺れた。彼の表情に、痛切な後悔が走る。 『私は閉じこもっていたのではない。この町を守るための「楔」になっ
航平の幻影は、悲しげな瞳で真帆を見つめていた。その唇は動いていないが、声は直接真帆の意識に流れ込んでくる。それは風の音のようでもあり、潮騒のようでもあった。
『真帆……大きくなったな。こんな形で再会することになるとは思わなかった。お前にだけは、この重荷を背負わせたくなかったのだが』
「お父さん、どうして……。どうして私たちを置いて行ったの? 言葉を探しに行くなんて言って、こんな霧の中に閉じこもって! お母さんも、おばあちゃんも、どれだけ泣いたと思ってるの!」
真帆の叫びに、航平の輪郭が微かに揺れた。彼の表情に、痛切な後悔が走る。
『私は閉じこもっていたのではない。この町を守るための「楔」になっていたのだ。真帆、源三さんから聞いた通り、この町は言葉でできている。だが、十年前、その基盤が崩れ始めた。外の世界の均一な言葉が流入し、霧ノ浦固有の認識が薄れ、町そのものが消失の危機に瀕したのだ』
航平は、苦渋に満ちた表情で続けた。
『私は、消えゆく言葉たちを自分の中に繋ぎ止め、霧の一部となることで、町の存在を繋ぎ止めた。私が「記憶の器」になることで、かろうじて霧ノ浦は現実の端っこに留まっていたのだ。だが、それは延命に過ぎなかった。私は言葉を愛するあまり、言葉を「保存」することに執着してしまった』
「延命……?」
『言葉は、使われなければ死ぬ。私の中に保存された言葉は、時間の止まった標本だ。標本は命を育まない。そして今、標本が腐り始め、霧が暴走している。私が繋ぎ止めていた言葉たちが、現実を飲み込もうとしているのだ。門倉たちがやろうとしていることも、結局は言葉の死を加速させるだけだ』
真帆は絶句した。父は、町を捨てるどころか、自らの人生を投げ打って町を支えていたのだ。しかし、その自己犠牲が、今や町を滅ぼす原因になろうとしている。皮肉な運命に、真帆は眩暈を覚えた。
『真帆、私を解放してくれ。そして、私の中に眠る言葉たちを、お前の声で「今」に解き放つんだ。それができるのは、私と血を分け、この町の未来を生きるお前だけだ。お前の声が、死んだ言葉たちに新しい息吹を与える』
「でも、そんなことをしたら、お父さんは……」
『私は消えるだろう。だが、それは「死」ではない。言葉が人々の口に戻り、新しい会話の一部になることだ。誰かの喉を震わせ、誰かの耳に届く。それこそが、言語学者が夢見た究極の到達点なのだから。真帆、怖がらないで。お前の声は、もう十分に強い』
航平の姿が、薄れ始めた。外では、ついにスタジオの扉が物理的な限界を超え、破壊される音が響いた。