消える方言のラジオ局 第8話「第七章:霧の監獄」
FM局のスタジオは、もはや要塞と化していた。 蒼が屋根裏の配線をバイパスし、非常用の予備送信機を起動させた。外では町長の息がかかった作業員たちが扉をこじ開けようと斧を振るっていたが、スタジオを包む霧の密度が異常に高まり、彼らの接近を物理的に拒んでいた。霧が壁のように固まり、侵入者を押し返しているのだ。 「真帆、準備はいいか? これが最後になるかもしれない。アンテナの負荷が限界だ」 蒼がモニターを見つめながら言った。送信出力は限界を超え、機材からは焦げたような匂いが漂っている。スタジオ内の温度が急上昇し、汗が真帆の額を伝う。 「……うん。でも、外はどうなっているの?」 真帆が窓の外を覗くと、そこ
FM局のスタジオは、もはや要塞と化していた。
蒼が屋根裏の配線をバイパスし、非常用の予備送信機を起動させた。外では町長の息がかかった作業員たちが扉をこじ開けようと斧を振るっていたが、スタジオを包む霧の密度が異常に高まり、彼らの接近を物理的に拒んでいた。霧が壁のように固まり、侵入者を押し返しているのだ。
「真帆、準備はいいか? これが最後になるかもしれない。アンテナの負荷が限界だ」
蒼がモニターを見つめながら言った。送信出力は限界を超え、機材からは焦げたような匂いが漂っている。スタジオ内の温度が急上昇し、汗が真帆の額を伝う。
「……うん。でも、外はどうなっているの?」
真帆が窓の外を覗くと、そこにはもはや町としての形はなかった。道路も、家々も、電柱も、すべてが白い深淵の中に沈み込んでいる。霧ノ浦は、現実の世界から完全に切り離され、独立した「霧の監獄」へと変貌していた。
携帯電話の画面には「圏外」の文字が虚しく光り、テレビもラジオの他局も、すべてが砂嵐に変わっている。このスタジオから発信される電波だけが、この閉ざされた世界における唯一の光だった。
「町のみんな、怖がってるよね……」
真帆は、祖母の澄江のことを思った。彼女は今、どこで何をしているだろうか。自分の名前すら忘れて、霧の中を彷徨っているのではないか。あるいは、過去の記憶の中に閉じ込められてしまったのか。
その時、スタジオのスピーカーから、地鳴りのような重低音が響いた。
「――ま……ほ……」
また、あの声だ。しかし、今度はノイズではない。それは、壁を、床を、そして真帆の骨を直接震わせるような、圧倒的な存在感を伴っていた。
「お父さん……?」
真帆はマイクのスイッチを入れずに呟いた。
「……そこにいるの? 霧の中にいるの?」
返答の代わりに、スタジオ内の霧が渦を巻き、一人の男の輪郭を形作った。それは十年前と変わらない姿の、しかし全身が半透明な霧で構成された父・航平の幻影だった。彼の瞳には、深い哀しみと、かすかな期待が宿っていた。