消える方言のラジオ局 第7話「第六章:見えない敵」
源三の家を後にした二人が町の中央広場まで来ると、そこには異様な光景が広がっていた。 スーツ姿の男たちが、数台の大型トラックと共に、FM局の入り口を封鎖しようとしていたのだ。その中心に立っていたのは、現町長の門倉(かどくら)だった。彼はかつて父の助手をしており、共に方言の研究をしていたはずの男だった。 「町長! 何をしているんですか! ここは町の皆にとって大切な場所です!」 真帆が息を切らして駆け寄ると、門倉は冷ややかな、事務的な視線を向けた。その瞳には、町民への慈しみなど微塵も感じられず、ただ「効率」という文字だけが浮かんでいるようだった。 「汐見さんか。見ての通りだよ。この放送局は本日をもっ
源三の家を後にした二人が町の中央広場まで来ると、そこには異様な光景が広がっていた。
スーツ姿の男たちが、数台の大型トラックと共に、FM局の入り口を封鎖しようとしていたのだ。その中心に立っていたのは、現町長の門倉(かどくら)だった。彼はかつて父の助手をしており、共に方言の研究をしていたはずの男だった。
「町長! 何をしているんですか! ここは町の皆にとって大切な場所です!」
真帆が息を切らして駆け寄ると、門倉は冷ややかな、事務的な視線を向けた。その瞳には、町民への慈しみなど微塵も感じられず、ただ「効率」という文字だけが浮かんでいるようだった。
「汐見さんか。見ての通りだよ。この放送局は本日をもって閉鎖し、機材はすべて没収する。これ以上の混乱を避けるための、行政としての苦渋の決断だ」
「混乱って……言葉が消えているのは、放送のせいじゃありません! むしろ放送で食い止めようとしているんです! このままじゃ、町の記憶が全部消えてしまう!」
「黙りなさい!」
門倉の声が、霧を切り裂くように鋭く響いた。
「君たちが勝手な放送をしたせいで、町民の健康被害が出ているんだ。偏頭痛に記憶障害、さらには幻覚症状まで。これ以上放置すれば、町の行政機能が麻痺し、再開発計画にも支障が出る。我々は、この町を『次世代型スマートシティ』として再定義する計画を進めているんだ。古い方言や、それに付随する曖昧な記憶など、これからの効率的な社会には不要なノイズに過ぎないのだよ」
門倉は、真帆の背後に広がる霧の壁を一瞥した。
「記憶などという不確かなものに頼るから、こんな現象が起きる。すべてをデジタルデータとして管理し、中央サーバーで統制すれば、言葉が消えることなどあり得ない。私は、この町を『正しい言葉』だけの場所に作り変えるつもりだ」
真帆は、門倉の言葉に背筋が凍るのを感じた。彼は、町を救おうとしているのではない。町を「管理可能な部品」に変えようとしているのだ。父が愛した、あの曖昧で、豊かで、時に残酷な言葉たちの居場所を、完全に抹殺しようとしている。
真帆は門倉の背後に、見覚えのあるロゴマークを見つけた。それは大手再開発コンサルタントのものだった。彼らは、霧ノ浦の特異な性質を利用して、記憶をデータ化し、売買する実験場にしようとしているのではないか。
「……町長、あなたは父の助手だったんですよね? 父が何を調べていたか、知っているはずだ。言葉が消える恐怖を、誰よりも知っているはずなのに!」
門倉の眉がぴくりと動いた。
「航平くんは理想主義者すぎた。言葉で町を救う? 馬鹿げている。言葉など、情報を伝達するための道具に過ぎない。壊れた道具は捨てて、新しいシステムに入れ替えればいいだけの話だ。彼は霧の中に消えた。それが彼の選択だったんだよ」
門倉が合図を送ると、作業員たちがスタジオの機材を運び出し始めた。
「待ってください! まだ大切なテープが中に!」
真帆が止めようとするが、屈強な警備員に阻まれる。
「真帆、こっちだ!」
蒼が真帆の腕を引き、裏口へと回った。
「あいつら、本気でこの町を『消そう』としてる。記憶を消して、都合のいいデータで上書きするつもりだ。そんなことさせちゃいけない。真帆、僕たちで放送を取り戻そう」
二人は、作業員の目を盗んでスタジオの屋根裏へと這い上がった。そこには、蒼が密かに隠しておいた予備の送信機があった。
外では、霧がいっそう深く、黒く変色していた。それは、拒絶された言葉たちの怒りのように見えた。