ビデオ怪獣館の館主

ビデオ怪獣館の館主 第2話「第1章」

朝の光が港の水面を薄く引き裂く頃、青柳昴は古い扉の前で手を止めた。錆びついた鍵は夜のうちに冷え、指先にわずかな震えを残す。扉を押すと、木の軋む匂いと古いフィルムの混じった匂いが立ち上って、彼の胸の奥の何かを軽く突いた。スクリーンは白く、埃の粒がゆっくりと浮遊している。映写室の空気は時間が層になって堆積しているようだった。

朝の光が港の水面を薄く引き裂く頃、青柳昴は古い扉の前で手を止めた。錆びついた鍵は夜のうちに冷え、指先にわずかな震えを残す。扉を押すと、木の軋む匂いと古いフィルムの混じった匂いが立ち上って、彼の胸の奥の何かを軽く突いた。スクリーンは白く、埃の粒がゆっくりと浮遊している。映写室の空気は時間が層になって堆積しているようだった。

棚の背に寄せてある未焼きのフィルム缶が、朝の水平線のように静かにあった。彼は夜に読んだ初代館主のノートを思い出していた――「映写の光は境界を開く。取り出したいものを得るには、同じくらいの忘却を差し出すこと」。ページに落ちたインクのかすれは、警告としてよりも励ましとして読めるほどの確かさを持っていた。だがそれは確かに代価を示していた。どこかで、彼はその代価を何度も払ってきた気もする。両親を失ったあの日から、喪いは彼の生活に静かに同居していた。

鍵を回して映写機のケースを開ける。機械は金属の腹を見せ、うなりを押しこめた獣のように静まっている。彼がハンドルを引いたとき、歯車の隙間から古い油の匂いが立ちのぼった。スクリーンの前で、彼は短く吐息を一つついた。決めるべきことはひとつだった。館を動かす。人の集まる場所に戻す。物語を、少しでも再生する。

午前九時丁度、彼の小さな決意を確かめるように、ドアの向こうから足音が近づく。便箋にあった丸い文字そのままの笑顔が映った佐伯春子は、肩に小さな工具箱をぶら下げて現れた。春子は年長の修復士らしい落ち着きと、どこか母性的な芯を併せ持っている。縁の汚れた白い手袋を外すと、指の間にフィルムの香がしみついているのが見えた。

「ずいぶん早いですね」と春子が言った。声は低く、でも確信に満ちていた。「あなたがやるって聞いたら、来るって決めてました。フィルムはただ残すんじゃない。呼吸をさせるものですよ、昴さん」

彼は笑ったつもりでいたが、唇の端は硬かった。「呼吸……だといいんだけど。まだ怖いんだ。ノートに書いてあったこと、全部」

春子はノートを一瞥してから、棚の上の缶を手に取った。指先が焦げ紋の刻まれた縁に触れる。缶の縁には小さな焼け跡が並んでいて、それがまるで五芒星のように見えた。春子の指先がその紋様を滑らせると、彼女の顔に少しだけ陰りが走った。

「これ、良い保存状態ですね。でも未焼きということは、映せば何かが出る。初代の書き込み通りよ。輝度の閾値を超えれば、スクリーンの外に形は出る。けれど、代償もついてくる」

「代償は、どのくらいだ?」 昴は問いを投げるよりも、もう一度自分の胸の動きを確かめたかった。

春子は映写機の電源を入れながら、淡々と答えた。「短い投影なら小さな断片。あなたなら幼年期の記憶の一場面――それが消えるかもしれない。長ければ人生の断片を奪う。あと、絶対に人間をそのまま投影してはならない。初代もそれを繰り返し書いていた」

映写機が目を覚ますと、金属の芯が微かに震えた。彼女はフィルムの端を丁寧にスプールにかけ、燐光ランプのカバーを閉めた。観るべきは、光の範囲。輝度の閾値とは数値であり、経験であり、最後は感覚の問題だ。春子は小さな方眼を取り出し、そこに数値と記録を書き込む。彼女の手は落ち着いていたが、その集中は鋭利だった。

「短くする。フレームを切って、三十秒だけ。最小限の露出で閾値を超える。僕がやる。君は止めてくれ、異変が起きたらすぐにカットして」

春子は目を細めて頷いた。「いいわ。ただし、もしもあなたの記憶が薄れていくのを感じたら、放棄して逃がすこと。そのための練習もしておきましょう。映写は救いでもあるけど、刃物よ」

彼らは協働した。スプールの歯車が軽やかに噛み合い、フィルムの粒子がランプの光に照らされて踊り出す。ランプの前にある小さな開口部から、粒子の隙間を透かして見える光は、まるで針の穴から差す太陽のようだった。映写機が回るたびに、部屋の角を埋めていたほこりが光で輪郭を得る。独特のパチパチというノイズが、彼らの会話を薄く切り裂いた。

昴は胸の中に浮かぶ母との夕景を一枚の映画のように思い描いた。港に沈む橙色の光、手の温度、母の笑い声。そこに灯った光は、何度でも取り戻したいものだった。彼はスイッチを押す。スライドシャッターが開き、輝度は徐々に上がる。スクリーンの白が震え、縁にあった焦げ紋が不思議と強調される。光が閾値を越える短い瞬間、スクリーンの端にある白い犬が姿を現した。白い犬はいつもの路地を通り抜けるようにこちらをじっと見ていた。

ラジオのような、微かな音がどこからともなく紛れ込む。ノートにあった「聞き分けよ」という言葉が、そのまま空気を通して甦った。誰かが遠くでつまらない周波数を合わせているような、古いトランジスタのざわめき。それは初代館主が夢の中で言っていた、あの低い声の一部にも似ていた。

スクリーンの中で、フレームが一つ、二つと流れる。フィルムの中の造形はチリのように細かく、しかし確かな形を保っている。突然、光が裂けるようにして一つの輪郭が外へはみ出した。はみ出したものは予想外に小さかった——紙を折り重ねたような体つきで、粒子の粗いフェイスに二つの点が目のように光った。チビノイズ。彼らはそう名付けた。フィルムの粒子でできた小さな怪獣が、スクリーンの縁を越えて映写室の床にぴょんと降り立った。

それは人を驚かせる可愛らしさを持っていた。薄い紙のような鳴き声を立て、埃を蹴散らしながら床を跳ね回る。映写室の灯りに反射した粒子がチビノイズの背中できらりと踊る。その姿は、確かに映画の外へ出てきた「物語の生き物」だった。しかし、その瞬間、彼の胸の奥で何かがすっと引かれるような冷たさが走った。母と港の夕景の色が、じりじりと薄くなっていくのが彼には分かった。空気から匂いが抜け、温度が少し遠のく。記憶の端がまるで埃のように舞い、光の中に吸い込まれていく。

「昴! ストップ!」春子の声は鋭く、でも震えていた。彼女は手を伸ばし、フィルムのハンドルを引いて露光を止める。スプロケットの歯車が止まり、室内の空気は一拍遅れて固まった。チビノイズは床に小さな影を落とし、そして気ままに尻尾を振って彼らの足元にまとわりついた。春子は昴の顔を覗き込む。彼の目は薄く濁っていて、熱い塩の重みが瞼の裏を圧した。

「ど、どう?」春子が恐る恐る尋ねる。

昴は答えを探したが、見つからない。胸の中で探していた夕景が、写真のように残らない。母の手の温度、夕暮れの空の最後の朱が、指の腹から滑り落ちたように薄れていた。言葉にすると、それはもっと簡単に消えそうで怖かった。

「……消えた」彼は小さく言った。声が自分の耳にも遠かった。消えたという確かな断絶が胸を押した。彼はふと、閉ざされたはずの何かが開かれた気がした。代価を払った。

春子は顔をしかめ、すぐに懐から小さな布を取り出してチビノイズの背を撫でる仕草をした。その動きはぎごちなく、それは確かに「人らしさ」を保とうとする彼女自身の反射でもあった。チビノイズは紙の耳をぴょこぴょこ動かし、床に落ちた埃の匂いを嗅いでいる。彼女はすぐに静かに命じた。

「それは店の中で面倒を見て。外へは出さないで。人に