月面ボウリングの挑戦者

月面ボウリングの挑戦者 第10話「第9章」

赤い警報灯がドームの天井を波のように滑り、ミナト・ドックの夜は瞬時に白熱した。上空の薄い暗闇を裂く轟音が連続して響く。トモノの声が機械的な震えを伴って告げる。「リムクラック群接近。防護帯複数箇所穿孔の可能性。各班、緊急対応待機。酸素塔九時軸に複数の影響予測」

赤い警報灯がドームの天井を波のように滑り、ミナト・ドックの夜は瞬時に白熱した。上空の薄い暗闇を裂く轟音が連続して響く。トモノの声が機械的な震えを伴って告げる。「リムクラック群接近。防護帯複数箇所穿孔の可能性。各班、緊急対応待機。酸素塔九時軸に複数の影響予測」

潮は、あの短い表示を画面で見た瞬間から身体が熱くなった。入江の隠し部屋で見つけた証拠を抱えたままのまさにその時だった。彼の手の中にはまだ金属の名札があった。名札は冷たく、しかし確かな重みで現実を伝えた。遠くで、追跡ビーコンの赤い点がドームの外縁を瞬く。彼は立ち上がる。足元のふらつきがともなうが、考える時間はない。

「トモノ、被害想定を分割して。優先順位を出せ」ミサトが言う。声は震えていない。保守班員として何度も緊急を見てきた者の冷徹さが混じる。

「配分プランを生成中。酸素循環塔、エネルギーコア、居住区の順で致命的損壊が予測されます。最短介入で酸素塔とエネルギーコアの二箇所を同時保全すると生存率が上がります。投擲型局所重力制御の適用が最優先と判断」トモノの言葉が、不思議と人間のように間を取った。

潮の胸に冷たい鋭角が刺さる。自分が動かなければ住民が死ぬ。だが動けば、またしても評価点は上がり、帰還の確率は下がる。彼は前節で証拠を確保するために無理をした。その代償は内耳に残っている。低重力区に入れば制御は効くが、並列で複数の地点を操る作業は内耳への負荷を加速度的に高める。使用後の数時間──長くは数日、ひどければ記憶の断片が変調する。だが今はその説明をする時間はない。

「俺が行く」潮は短く言った。入江が顔を上げ、驚愕と拒絶の狭間で言葉を探す。「ダメだ、潮。さっきの負担でまだ耳鳴りが」

「我慢できる範囲だ」潮は冷静に言い切ろうとした。だが自分でもその台詞が震えているのがわかった。「トモノ、視覚化グリッドのマルチリンク、割り当ててくれ。球は三つ用意する。俺は低重力区で三点同時制御を試みる」

トモノの応答は僅かな遅延の後に来た。「注意:視覚化装置の同期は操作者一名に対して二リンクが推奨。三リンクは精度低下と内耳負荷の増大を招く。禁止事項として緊急時以外は許可されていません。緊急承認、管理局端末より受領接続──」

その言葉の最後が切れたのは、統括局側の緊急承認が自動で通ったからだ。緊急事態には規則が例外となる。しかしその例外は、潮の点数をさらに引き上げる公的記録にもなる。

入江は黙って古い工具箱に手を伸ばした。彼の指先は躊躇なく作業に入る。隠し部屋の空気は油の匂いと電気の匂いが混じり合い、入江はグラビティボールのコアに微調整を施す。彼は潮の代償を知っている。知りながらも、作業台の上で冷たい金属とケーブルに手を動かす。彼にとって潮は実験でもあり友でもある。倫理と必要の狭間でいつも揺れてきた男だ。

黒沢は窓の外を見やる。赤い点々が群れになって移動している。彼の表情は硬い。黒沢には選択の余地がある。統括局は、彼の過去の実績と蓄えを理由に一時的協力を申し出ている。受け入れれば統括局の救難船を直接指揮し、即座に現場の人員に影響を与えられる。断れば、彼は自分の信念──かつて裏切られた痛み──に従うことになる。黒沢は歯を食いしばった。「俺は統括局と動く。条件は俺のやり方で動かせることだけだ」

ミサトが振り向く。「黒沢、個人的な取引でなく全体の安全を最優先にしてくれ」ミサトの声には、幼馴染としての信頼と、保護者としての責務が混ざる。黒沢は短くうなずいた。決断は下った。チームは分裂しながらも、一時的に同じ方向を向いた。

三人の手で低重力区へと走り、トモノはアリーナの古い配線を逆流させるようにして視覚化グリッドを拡張した。観客席の古いアナログ端末が一斉に点灯し、軌道グリッドが潮の視界に立体的に広がる。ネオンの残光が格子の線に反射し、ボールの飛跡が光の帯となって空間を切り裂く。いつものプレイとは違う。ここは試合場ではない。生存を賭けた現場だ。

「条件を確認、投球は低重力環境でのみ。グラビティボールコアの電子安定化なしには精度を保てない。禁止事項を一つ:生体重力への干渉は不可」入江の声が耳元で鳴る。潮はうなずいた。禁止は絶対だ。人に触れることで重力を直接変えることはできない。彼はあくまで物体を通してしか影響を及ぼせない。だから救える命と救えない命の境界が残る。

最初の投球は酸素塔側への小さな破片群の誘導だ。潮はボールを握り、視覚化グリッドを覗き込むと世界が格子状に歪んだ。彼の頭の中に、祖父が古い機械をいじっていたときの手の感触がふっと差し込む。地球の断片とともに来る断片的な歌。前史の映像が、この極限の瞬間に鋭く現れる。彼はそれを押しのけるようにして投げた。

ボールは滑るように塔の側面をなで、飛来した破片を引き寄せて一箇所に集めた。破片は散開するよりも前に、指定の落下点に収束する。酸素管の外皮はわずかに焦げるが、穴は開かなかった。潮は一回目の成功に胸を撫で下ろすが、耳鳴りが針のように増していく。視界の縁が滲み、音の位相が微妙にずれる。

次はエネルギーコア側だ。ここが破損すれば全ドームの連鎖停電が起き、生命維持系の予備バッテリも追いつかない。潮は二球目を手に取り、視覚リンクを第二ラインへと切り替える。同期には入江の補助回線が必要だ。入江は息を詰め、手元の配線を指先で操作してコア安定化のための小さな電磁補助を施す。黒沢は外から安全ラインを敷き、統括局の救難船と無線で地上波を合わせる。

三球目は居住区の小さな飛散物を抑えるために用意されたが、事態は急変する。上空から落ちてきた客観的に大きな隕石片が、予測軌道を外れて居住区方向へ傾いてくる。トモノがわずかな遅延で「補正不可域の突入」を報告する。彼らの計画ではその破片は五点投球で分散処理するはずだった。時間がない。選択肢は二つ——居住区を捨てて優先拠点二点を守るか、三点同時で全力を尽くすか。

潮は思考を刈り取るように決めた。「同時。三点を同時に制御する。視覚化三連結。俺はやる」

入江の顔が青ざめる。「ダメだ、潮! 三連結は推奨外だ。内耳負荷が—」

「もう言わないでくれ」潮は声を切った。感情が高ぶると内耳は反応する。だがもう後戻りはできなかった。低重力区に横たわる彼の体は震え、視覚化格子は彼の思考に呼応して増幅する。軌道感覚が彼の身体を支配し、不思議と時間が遅くなったように感じられる。

投球が始まる。三つのボールが同時に放たれ、三様の光の尾を引く。潮は同時に三つの軌道を「聴く」ようにし、手首の微細な回転で重力ベクトルを微妙に捻る。ボールは破片を集め、エネルギーコア側のかけらをまとわせ、酸素塔の周りで小さな渦を作り、居住区方向の大きな破片は複数の小片に裂かれて周囲の空間へと逸れる。

成功した。だが歓声の代わりに、潮の視界は黒い斑点で埋まり、耳鳴りは鐘ではなく洪水のように波打ち始めた。彼の手足の感覚は遠のき、記憶の断片が渦巻く。古い地球の広告、祖父の機械、形のない幼い声──それらが順序を失って流出し、彼は自分の名前を呼ばれるようにして浮遊する。ミサトの手が彼の肩を掴む。入江が無理やりボールを払いの