異世界転生楽器職人の魔導師 第12話「第11章」
路地の空気はいつになく厚く、息をするたびに静寂が耳を締めつけるようだった。フィオは膝を折り、乾いた布で若い男の額の血を押さえながら、今したいことを口に出した。
路地の空気はいつになく厚く、息をするたびに静寂が耳を締めつけるようだった。フィオは膝を折り、乾いた布で若い男の額の血を押さえながら、今したいことを口に出した。
「まず止血。次に声を返す。あなたが自分で言えるように、楽器を使って助ける」
男は瞳を細め、唇を震わせる。言葉は出ない。腕には破れた衣の隙間から差した複数の擦り傷と、あたらしい銅の跡が見える。護符だろうか、内務省側の巡回者が刻印を押しつけたらしい小さな焼き印が肩にある。フィオはそれを見て顔を硬くした。守るべき人たちの顔が、彼らの中にある。
「マリエ、こっちの包帯を――」側にいる仲間に指示を出す。マリエは素早く手渡し、動きは確かだが、目に怖さが残っている。あの夜、彼女が初めて店の外で銃声を聞いたときの顔だ。仲間たちは職人であり、歌い手であり、街の人々だった。誰もがフィオに頼るためにここに来たわけではない。だがフィオを最初に呼んだのはこの通りの人々であり、彼女は答えずにはいられなかった。
「フィオ、向こうがもう一人重症だ」ハロルが言った。彼は街の鍛冶屋で、力技が得意だ。言葉少なに背中を向ける。その視線の先に、仰向けに倒れた子どもがいる。小さな笛が腕のそばで砂を被っていた。笛はかつてフィオの店にあった「音のない笛」と似ているが、細工は別物だった。小さな符節と、誰かの指紋が残る革の巻き。子どもは薄く泡を浮かべ、意識が遠そうだ。
「駄目かもしれない」マリエがつぶやく。だがフィオには駄目という言葉は選択肢にならなかった。
治療の手順はすでに体に染みついている。止血、消毒、固定。小さな店の中で何度も繰り返したことだ。フィオの指先は器用に布を押さえ、針を使って裂けた革の縫い目を仮止めした。だがこの夜、最も効果のある治療は包帯や薬ではなかった。誰もが忘れつつある音、その代わりに置かれた沈黙が、治療を必要としているのだとフィオは知っていた。
「楽器を貸してくれるかい?」彼女は息が切れないように低く言った。傷の男がぼんやりと手を伸ばした。そこには古いサクソフォンのケースがある。指先で開けると、金属の管にほのかな擦り傷が残る。フィオは楽器を膝に乗せ、口に近づけた。だが能力の条件が頭をよぎる。預けられた一言、持ち主の口に出せなかった言葉。それらは預けた本人の同意なしには鳴らせない。無理に鳴らせば、代償として自分の耳が奪われる。想像するだけでフィオの心が冷たくなる。耳を失うことは、彼女にとって仕事と感受性を奪われる死だ。しかし同時に、無言のまま倒れている者たちを見捨てることもできない。
「エイサー、君のサクソフォン、鳴らしてもいい?」フィオは傷の男に尋ねた。男は目を細め、血のついた手で小さく頷いた。微かな音ならば、同意の代わりになることがある。だが同意の重みは必須だ。彼女はわずかに息を整え、楽器を咥える寸前で、口を離して言葉を添えた。
「君が言いたくないなら、鳴らさない。君の声は君のものだ。もし一言、戻したいなら、音にする手伝いをするだけ」
エイサーは目を開き、ほとんど囁くように言った。「ただ……ただ、『戻って』と……言いたいんだ」
その一言は、彼が預けていた言葉かもしれない。フィオは唇を噛む。預けられた言葉を引き出すには、彼の承諾が必要だ。彼が望むなら、楽器は従う。フィオはゆっくりと演奏を始めた。音は最初こそ震えたが、管の内側で何かが小さく動くのを感じた。音色は、言葉の欠片を引き出す。だがその言葉は言葉のままではない。彼の「戻って」は、低く温かいブレスのようにサクソフォンのトーンに変わり、傷だらけの体と混ざって、周囲の緊張を少しずつ溶かしていった。
音が場に戻ると、不思議なことに人々の呼吸が揃う。近くにいた年寄りが目を閉じ、唇を震わせる。フィオは自分の胸でその音を受け止め、どの高さで鳴らすかを選ぶ。楽器が語る言葉は、演奏家が決めるのではない。彼女がするのは、空間を整え、持ち主の願いが届くように音を整えることだ。だがその作業はエネルギーを使う。いつもよりずっと、耳の奥が圧迫されるように感じた。無理をすれば代償が来る。彼女は意識して音量を抑える。だが音量を落とすほど、効果も薄れる。
「もっと……」エイサーの目に涙がたまっている。フィオはもう一度短いフレーズを吹き、サクソフォンの音色が町の小さな亀裂を縫うように広がった。その瞬間、傷の男の顔にわずかな安らぎが戻る。血の匂いはまだある。だが彼の呼吸は落ち着き、手は震えが小さくなった。周囲にいた人々も、小さな声で互いに励まし合い始めた。音は治療の媒介になったのだ。
だが場は安全ではない。遠くから金属が鳴る音、兵のブーツの音が届く。内務省の巡回部隊が近づいている。彼らは声を管理する者たちだ。規律と秩序を口実に、街の音を取り上げる。外套の襟に黒い紋章をつけた兵が、路地の入口に立つ。フィオは音を止め、楽器を膝に抱えた。仲間たちは互いに視線を交わす。誰かが言葉を出す前に、マリエが動いた。
「夜の市場へ、誘導する。ここにいると巻き込まれるだけだ」彼女の声は震えているが決意がある。ハロルはうなずき、負傷者たちを抱えあげる。だが、一人の老人――ロッタという女が、杖をつきながら顔色一つ変えずに足を止めた。ロッタは宿屋の娘で、町の小さな合唱団のリーダーだった。彼女は楽譜の破片をいつもポケットに隠し持っている。破れた楽譜の一節だ。フィオはその手を見て、胸が痛んだ。ロッタの手には、かつて皆をつなげたはずの旋律が残っている。
「待って」ロッタが言った。「彼らは、私たちを静めるために来たのじゃない。声を奪うためよ。ここで倒れて黙るか、立ち上がって声を選ぶか、どちらかだ」
彼女の言葉は簡潔だ。だが誰もが知っている。最初に助けを求めた者たちが守る対象だ。フィオは顔を上げ、小さな決意を固める。
「よし。ここで終わりにしない」彼女はマリエに向き直り、「同意を得た楽器だけで、短い演奏をする。人々を安心させる時間を稼げれば、避難はできる」と指示を出す。仲間たちは即座に動いた。ハロルは重傷者を抱え、近くの廃屋へ避難させる。マリエはロッタとともに、路地を塞ぐ兵の視線を逸らすための小道具を準備する。誰もが自主的に、しかし同じ目的に向かって動いている。
演奏は治療であり、抗議であり、祈りである。フィオは選別する。声を失っていない者たちの楽器を短いリレーで繋ぎ、合図に合わせて一つずつ鳴らす。誰も無理にはさせない。小さな合奏は、順番に音を繋ぐことで一つの長いフレーズを作り出し、それが通りに静かに広がる。
最初に鳴ったのは、ロッタの小さなリコーダーだった。彼女が指先で息を調節すると、古い旋律の断片が空を滑り、壁に映る静寂の影を少しずつ剥がしていく。次に、薄い弦の音が続き、若い女性のマンドリンが柔らかな和音を加える。フィオは楽譜の破れ片を胸に抱え、音が出るたびにその破片の縁を撫でた。音は記憶と結びついていた。破れた楽譜が示していたのは、かつてこの街の中心にあった歌祭りの一断章だ。それを皆で分け合って鳴らすことで、過去の断絶を現在につなぎ直す。
だが中には同意を出すことを恐れる者もいる。ある若い母親は、子どもの前で泣くことを恐れて楽