こども王

こども王 第3話「第2章」

朝の空気はまだ冷たく、城下の通りには洗い立ての旗が風に揺れていた。王宮の外側に立つと、洗濯物の匂いと干し草の匂いが混ざり合って、どこか安心できる日常の匂いになる。リクはそれを胸に吸い込むと、校門の方へと歩を進めた。歩幅は十歳の子のままだが、首のあたりにかすかな違和感がある。髪の生え際に見慣れぬ一本の白が混じっているのを、朝の薄光が囁くように教えた。

朝の空気はまだ冷たく、城下の通りには洗い立ての旗が風に揺れていた。王宮の外側に立つと、洗濯物の匂いと干し草の匂いが混ざり合って、どこか安心できる日常の匂いになる。リクはそれを胸に吸い込むと、校門の方へと歩を進めた。歩幅は十歳の子のままだが、首のあたりにかすかな違和感がある。髪の生え際に見慣れぬ一本の白が混じっているのを、朝の薄光が囁くように教えた。

「王子様!」

呼び止めたのは、学校の事務員を勤める女の人、ハルノだった。目はいつものように鋭く、だが急な知らせを運ぶときのように震えている。リクは帽子を取って会釈をした。帽子の下に隠したもの——大きすぎる王冠をしまった箱は、まだ王宮の奥にある。今日も誰にも見せるつもりはなかった。王冠は象徴だ。だが象徴は使い方次第で鎖にもなる。

「昨日の夜にね、新しい布告が回されたの。城外の郡でも、子どもたちの『訓練』が始まるって。名前は『戴冠祝賀兵力整備』とか何とか。難しい言葉ばかりで、よくわからないけど――子どもの動員、って書いてあったのよ、これは。」ハルノは紙を震える手で差し出した。封印の印に使われた紋章は、宰相室のそれと似ていた。

リクはその紙を受け取り、目を走らせた。字面だけならば、確かに「祝賀のための兵力」などと、大人の都合を正当化するような言い回しだ。リクの胸の奥で、昨日の痕が疼いた。自分が一度だけ、子どもの願いを王令として一日だけ具現化させたときに感じた、代償の冷たさだ。年齢が一日進むという代償は数字のように軽く見えるが、確実に積み重なる。砂時計の砂が一粒減るように、子供らしさの端がこぼれ落ちる。

「宰相の署名は、グレイの側近のものだと聞いています。街の郡役所にも同じ通知が来ているって。」ハルノの声が低くなる。「王子様、何か――」

「動員だね。」

言葉は自分でも驚くほどに冷静だった。リクは自分より年下の者を守りたいと思った。それが、今一番したいことだ。城下の小さな子らが、入学証を胸に、鍛錬場へ送られるのを見たくない。学校で握る手を、鉄の匂いに奪われるのを見たくない。だけど、遮るべき重力は大きい。宰相グレイの影は、王宮の廊下を長く引きずっている。

「グレイさんは、戴冠式を国の再興の象徴とするつもりだと噂があります。戦争で国土を奪還する、古い文献から取り出したような話をしているって。『儀式に参加することが国民の義務である』と、そう言っているらしい。」ハルノが目を伏せる。彼女の背中は小さいが、声に込められた恐れは真剣だった。

リクは、王子としての立場と、前の世界で児童相談員として過ごした記憶のはざまで揺れている。前世の塩素の匂いや診療所の薄灯は鮮やかだ。あのとき、子どもたちを守ろうとして挫折した記憶は、今ここでの決意の土台でもある。だが王としてできることは限られている。王令の力は使えば短期で結果を得られるかもしれないが、それは「自分より年下の者が自分の意志で選んだ願いだけ」を具現化するという厳格な縛りがある。誰かの意志を操作するような促しをしてしまえば、王令は暴走する。その瞬間、僕の年齢は一日進む。それは代償であり、禁忌でもある。

「王令を乱用しないって言ったよね。俺は、子どもたちが自分の言葉で選ぶ場をつくるべきだと思う。」リクはハルノを見た。「でも、今は力を使って知らせを止める時じゃない。まずは、ここで起きていることを皆で共有したい。大人の言い分だけで決められていい問題じゃない。」

ハルノの目に光が戻る。「共有、ですか。どうやって?」

リクは、学校の正門を振り返った。子どもたちが通う時間ではない。だがすぐに数人の教師が集まる。彼らは王子を前に統制された敬意を示すが、自分たちの仕事を脅かされる可能性に噛み締めた不安を隠せない。表情はそれぞれ違う。ある者は怒り、ある者は諦観、ある者は計算高く立ち回る算段をする。

「説明してくれ、王子様。」校長のビランは老齢だが目は鋭い。彼は学区の生徒保護を第一に考えてきた人物で、リクが「ここを守る」と誓った相手でもある。ビランは言葉を落ち着け、リクの手の紙を取って目を走らせた。

「『戴冠祝賀兵力整備』……。宰相グレイの名前は出ていないが、文体が官僚文書のそれだ。確かに、子どもの『徴募』と取れる表現だな。」ビランは口笛のような音を漏らした。困惑の奥にあるのは、教育者としての怒りだ。「王子、あなたが何をするかで、ここに通う子どもたちの運命が変わる。だが、私たち教師は命令に従う義務もある。これは政治の問題だ。学校だけではねじ伏せられない。」

「だから一緒に動くんだ。」リクは声を強める。「学校だけじゃない、城下のみんなに知らせる。教師たちはその代表として、保護者と対話してほしい。子どもたちには自分たちのことを自分の言葉で話せる場をつくる。俺は王子として、邪魔することはできないけど、参加はできる。命令を一方的に押しつけるという流れを断ち切るんだ。」

教師たちは互いに目を交わす。なかに若い教師、スミラがいた。彼女は元気よく手を挙げ、子どもたちと同じ目線で話そうとする姿勢がある。スミラは低い声で言った。「子どもたちの意見を聞くのは私たちの仕事です。それに王子様が一緒にいると言うなら、保護者たちも耳を傾けるはず。」

会議は自然発生的に決まった。書記役はハルノが引き受け、スミラが子ども代表の招集を担当する。ビランは、外部に流すための談話稿を準備することを引き受けた。リクはその間、手元の紙をもう一度見返す。文面の端に小さな紋章が刻まれていた。紋章は宰相署のものに似ている。グレイの「必要性」を示す言葉を使えば、戦争の隙が開く。戴冠式を「戦役」に変えるための儀式は、彼のやり方だと耳にした噂が背筋を寒くする。

「グレイがどう言っているか、正確なことを知っているのか?」ビランが尋ねる。

リクは、口を固く結んだ。彼はまだ宰相グレイに直接会ったことはない。しかし、王宮の廊下で囁かれる言葉と、側近たちの動きは嘘をつかない。少し前、側近の一人が秘密裏に配ったらしい小さな紙切れを、リクは配達人から受け取った。そこには戴冠式の次第が書かれており、「兵力示威」と注記されていた。もし戴冠式がただの祝賀でなく、軍事的な意志表示だとすれば、その中心を飾る王冠は単なる飾りではなくなる。王冠を戴く行為が、国民に「服従」を求める呼びかけに変わる——そんな想像が、リクの頭にはっきりと浮かんでいた。

「疑念は確かにある。グレイ宰相が戴冠の場を、国の団結を示すための『戦役』という言葉で包もうとしている。祝賀と称して、子どもまで動員する可能性がある。」リクは言葉を選んで続けた。「だから、ここで止めたい。力に頼るんじゃない。きちんとした手続きを踏んで、子どもたち自身の声を記録し、保護者と教師が連名で反対の意思を表す。王子としての私の役割は、その声を公式に提示するための窓口になることだ。」

教師たちは微かな安堵を感じた。外面では小さな勝利だが、それは大人同士で共有する責任であり、子どもを守るための政治的言語でもある。リクは、王令の力を使って一瞬で屈服させる手もあると知っている。だがその力は、子どもたちの「自分の意志」を損なう危険があり、誘導し