こども王

こども王 第4話「第3章」

リクは校門の階段で立ち止まり、手にした紙切れをぎゅっと握りしめた。風が薄く冷たく、校庭の桜の蕾を揺らしている。紙には黒々とした印章と、太い文字で「徴用通知」とだけ書かれていた。配達人がそれを投げるように置いていったのを、掃除当番の子が拾って知らせに来たのだ。

リクは校門の階段で立ち止まり、手にした紙切れをぎゅっと握りしめた。風が薄く冷たく、校庭の桜の蕾を揺らしている。紙には黒々とした印章と、太い文字で「徴用通知」とだけ書かれていた。配達人がそれを投げるように置いていったのを、掃除当番の子が拾って知らせに来たのだ。

「先生、どうするの?」と、小柄な女の子が顔を上げる。カエデ。八歳になる学級委員――リクより年下だ。彼女の瞳には怖さよりも、どこか真剣な、決意に似た光があった。それがリクの胸をきゅう、と締め付ける。

「ここに通う子どもたちを、徴募から守りたい」――リクは言葉を押し出すようにして答えた。「でも、一人で決めて救うつもりはない。君たちの声で、ここの大人たちと合意を作るんだ」

背後で早苗先生が腕を組み、眉根を寄せる。学校の教師として、日々子どもたちを守ってきた彼女は、同時に現実的な選択肢を見ている。保護者会での圧力、町役人からの通達、家計の事情――それらが積み重なれば、子どもを手放す親も出るだろう。

「リク様、王子なのは分かっておりますが——」早苗先生は一瞬言葉を切った。周囲には在校生の親たちも集まってきて、低い声で囁き合っている。「一日の命令を出して徴募を止めれば、すぐにでも——」

リクはその言葉を遮るように首を振った。紙をぎゅっと握る手に力が入る。手の甲が白くなる。

「違う。僕の王令で一日止めることはできる。だけど、子どもたちが自分の意志で願った場合に限る。それに、誘導したり、脅したりして出された望みは暴走する。使うたびに僕は一日だけ年を取るんだ。今日一日を救える代わりに、僕は一日大人になる。僕がそれを繰り返すと、子どもを守るために自分の時間をどんどん失ってしまう」

周囲に微かなざわめきが走る。カエデが唇を噛んだ。リクの言い方は淡々としていたが、その目は決して冷たくはない。むしろ、そこには自分の損失を惜しむ以前に、原則を守るという意志があった。

「それならどうするの?」と、向かいに立っていた父親の一人が呻いた。髭腰の川原という男だ。彼の小さな店は戦争で兵糧の割り当てを失いそうだという。困窮は目に見える。息子二人を抱える川原は、窮余の策に走る心情を抑えきれない。

「共同で対策を作る。子どもたち自身の選択を尊重する仕組みを、この学校で作る。僕はそのための場と保障を出す。だけど、子どもの代わりに僕が『望み』を書くことはしない。それは大人が決めることだ」

早苗先生がそっと笑ったように見えた。彼女は教壇の古い台帳を取り出し、扉に貼られた徴用通知と向き合いながら、冷静に幾つかの案を口にした。保護者会を公式に開き、公的な証人の下で子どもたちの意志を取る。町会議員に正式な差し止め請求を出す。学校の登校名簿を突き合わせ、公的保護の対象であることを訴える――

それは法の細い隙間を縫う作業だった。だがリクは、今ここで短絡的に王令を振るうことが最良の道だとは思わなかった。それは目先の勝利を得る代わりに、長い間使えなくなる力を消費することだ。同時に、子どもたちの声を奪うことにもなる。

「君たちが自分で声を上げるんだ」リクはカエデを見つめる。「君たちが自分の言葉で、『行きません』って言ってほしい。それが本当に君たちの選択なら、僕は王令を使ってその日を守る。君たちの望みを誰かが代弁してはだめだ。大人の苦しみは理解する。でも、子どもの選択を守るのは、君たち自身の力と、私たち大人の責任だ」

カエデは俯いた。しばらくして、小さな声で言った。「私、怖い。でも……行きたくない。お母さん一人で店を守ってるから、手伝いたい。でも、戦場には行きたくない。自分で言ってもいい?」

その手は震えていた。リクは彼女の手を取って、ほんの軽く握り返した。早苗先生が布を持って来て、簡易の筆記台を作る。そこに名前を書く者、話す者、保護者の証言を出す者。リクはルールを一つずつ提示した。

「子どもが自分で口に出す。文字でもいい。書くなら自分の字で。大人はその前に決して言葉を入れてはいけない。子どもの意思の有無を確認する人を三人以上置く。公的に記録して、回覧できるようにする。強制や脅しがあった場合は、その場で記録して証人を取る」

子どもたちはお互いに顔を見合わせ、小さな会議が始まった。案を出してはつぶやき、間違えて笑い声が漏れた。何人かは学校の古い遊びの話を始めて、緊張が一瞬ほぐれる。だが、胸の底には確かな不安が残る。徴募の影は、町の至るところに伸びていた。

「君は本当に使わないのか?」川原が顔を歪める。「たった一日でいいんだろう。ここを守れば、みんな生き延びられる。王子さまが一言出せば、町役場も手を引くかもしれない。なぜ、そこまで躊躇する?」

リクは黙って桜の芽を見つめた。考えが渦を巻く。彼が目にした子どもたちの顔は、援助を待つ物のようには見えなかった。誇り、恐怖、怯え、それらが混ざった表情。しかし何より、声を奪われることへの怯えがあった。

「僕が一日を取るたびに、僕から一日が消える。僕の時間は、ここにいる子どもたちの将来と同じくらい貴重なんだ。もし僕だけで全部を決めてしまったら、大人たちが自分の責任を忘れる口実にしてしまうかもしれない。子どもたちに代わって、大人が責任を取らない世界を作りたくない」

早苗先生がゆっくりと頷いた。やがて彼女は黒板に文字を書き始める。「選べる会議――子どもの意思確認」「記録係:早苗」「証人:保護者二名、学区代表一名」文字は不器用だが、確かな線を描いていった。

会議は午後の時間を使って続いた。保護者が入れ替わり立ち替わりやってきて、低い怒声や涙が混ざる。ある母親は「みんな行かなければならないのよ」と繰り返し、ある父親は「家族に食い込む」と言った。リクはそれらを全部聞いたが、彼の決意は揺れなかった。代わりに、彼は問題の一つ一つを記録した。食費の不足、刷り直された公文書、不透明な徴募基準——それらを、後で町全体に示す証拠にするためだ。

夕暮れが近づいたとき、役人の使いが馬を引き連れて来た。役人は厳しい顔で通知を二枚持ってきた。声は冷たく、町の長老の署名がある。徴募の開始日が正式に宣言されていた。期限は三日後。町内にいる未成年者の名簿を提出しなければならないという。

空気が一瞬固まる。誰かが息を飲む音がした。三日。リクの胸に焦りと同時に冷静さが差し込む。時間は短い。だがそれでも、彼はすぐに王令で止めることを選ばなかった。短期的な救済は可能だった。だがその救済が、子どもたちが自分で選ぶ機会を奪い、長期的には大人の責任放棄を助長するのならば、それは正しくない。

「三日で、ここを守る方法を示そう」リクは低く言った。声は小さかったが、周囲の者には聞こえたはずだ。「明日、正式に保護者会を開く。子どもの意思は記録し、証人を立てる。僕はその証拠を持って町役場に交渉に行く。もし公的な書類が改ざんされているなら、それも突きつける。リスクは高い。だけど、君たちの言葉を奪いたくない」

その夜、校舎の一室にろうそくの光が揺れた。子どもたちは親のそばで眠った。リクは黒板に書かれた「選べる会議」の文字を見つめていた。外套の内側に入れている小さな箱には、まだ大き