こども王 第27話「第二部幕間」
空気は冬の名残りを引きずって冷たかった。校舎の講堂は、机を寄せ合って即席の円卓になり、窓際には子どもたちの筆跡を集めた紙束が箱に入れて積まれている。リクはその円の端に腰掛け、手の中で最後のひとつの紙を開いていた。表には幼い字で「ぼくたちのいのちをとらないで」と書かれている。紙は少し黄ばんでおり、折り目の角が擦り切れていた。
空気は冬の名残りを引きずって冷たかった。校舎の講堂は、机を寄せ合って即席の円卓になり、窓際には子どもたちの筆跡を集めた紙束が箱に入れて積まれている。リクはその円の端に腰掛け、手の中で最後のひとつの紙を開いていた。表には幼い字で「ぼくたちのいのちをとらないで」と書かれている。紙は少し黄ばんでおり、折り目の角が擦り切れていた。
「始めようか」隣に座る教師のマヤが低く言った。四十路を過ぎた眼鏡の奥で、疲労と覚悟が同居している。向かいには地区の年長者代表──元市役所の書記だったレン、そして子ども代表のミナが腕を組んで座っていた。ミナの目は静かだが燃えている。背後の壁には、かつて肖像画を飾っていたために開けられた仮の掲示スペースがあり、そこに最新の肖像画の最後の一刷りが立てかけられていた。絵の中のリクは確かに数日分だけ年をとっている。幼さが削れ、顎の輪郭が少し引き締まっているが、目は変わらずに真っ直ぐこちらを見ていた。
「私たちが望むのは『議場で子どもの声がないこと』ではなくて、『子どもの目線が制度の中で保たれること』だ」リクはゆっくりと言った。言葉は小さな声だが、講堂の隅々に届いていく。彼は児童相談員だった記憶の端々をたぐって、いつもそうやって説明していた。相手を説得するのではなく、具体的な手続きを示す。今はそれが必要だった。
「責任議会の提案書をここに置く。賛成か反対かを、まずはこの場で決めてほしい」リクは紙束を差し出し、表には手続きの流れと公示期間、代表の選び方、召集の条件、議事録の公開方法が箇条のように整えてあるのを見せた。ミナが指でページをなぞる。レンの眉がぴくりと動いた。
「手続き自体は理に適っている。問題は執行だ」レンが言った。声は重い。「法を作っても、権力が暴走すれば無力だ。グレイはまだ動ける。地下に残党がいるという報告を俺も受けている。先日は倉庫が燃やされた。教師の一人が脅されていると、夕べに泣いて訴えに来た」
マヤの唇が震えた。「李(り)先生だっけ……音楽の。彼、私たちの案を支持してたのに。あの倉庫は避難所の備品を保管してたところよ。焼け跡に変な紙が残ってた。子どもの字で戦争を望むように書かれていたって」
ミナの表情が曇った。「また、あの文か」とだけ言った。部屋の空気が一瞬で凍る。誰もが、あの偽装文書を思い浮かべていた。子どもの字で書かれた戦争宣言。過去に何度も使われ、誰かを動かす口実にされてきた文書だ。
「偽造だと証明しなくちゃ」リクは言った。彼の心臓は早鐘を打った。使えるなら今すぐ、能力で一時的にでもあの倉庫の被害を無かったことにして、避難物資を瞬間的に守ってやりたい──だが、条件がある。自分より年下の者が、自分の意志で願ったことだけが王令になる。誘導は許されない。使うたびに自分の年が一日進む。暴走のリスク。使えば、彼はまた一歩、幼さを失う。誰かの手によって、願いのかたちがすり替えられた瞬間、その王令は制御を失い、悲劇を呼ぶ。
「リク、あなたができることなら」マヤがささやいた。眼鏡の奥で涙が光る。だがリクは首を振った。彼の記憶の奥で、年を一日失った直後に鏡の中で見た―顔の小さな変化が脳裏をよぎる。その代償をどれほど払ってきたかを、彼は自分の身体で知っている。
「僕の力は、最後の手段だ。誘導される可能性がある状況で使えば、暴走してまわりの意思をねじ曲げる。今回は、まず証拠を固める。偽造証拠があるなら、筆跡鑑定、紙の成分、炭の種類。マヤ、音楽室から保管していた物資の一覧をここに出して。レン、倉庫の監視ができる同僚を手配してくれ。ミナ、子どもたちに偽文書を見せて『これはあなたが書いたのか』と聞くのはやめて。混乱するだけだから」
ミナが小さくうなずいた。彼女は校庭で一番小さな体に見えたが、議論では大人にも匹敵する落ち着きを見せた。誰かに突き動かされることなく、自分の言葉で参加することを学ばされてきた。リクはそれがこの場で何よりも重要だと感じていた。
「地下活動を放置できない」レンは続けた。「彼らは規模を縮小して、生徒の家庭に圧力をかけてる。徴募の通達を出した教師のリストが改竄されていた。親の戸籍もね。官吏の中に協力者がいる可能性が高い」
「じゃあ、公開で手続きを始めるしかない」リクは肩を張った。「責任議会は、公開討論、公開審査、公開投票を原則とする。秘密裏に行動する者には根拠を示す義務を課す。何かを子どもに課すなら、その根拠は成人の議決でなければならない。それを公示して、誰でも検証できるようにする」
「具体的に?」レンが問い詰める。
「地域代表を、年齢層別に選ぶ。各地区から三人ずつ、大人二、子ども一の比率で参加してもらう。召集の要件──軍事的な動員を含むあらゆる"緊急措置"は、まず議会にかけられる。議会は公開で五日間の審議を行い、第三者の鑑定団が証拠を評価する。大原則として、子どもの意志が確実である場合を除き、子どもは徴募の対象にされない。違反した場合、関係者には法的責任と公的資格の剥奪を科す」
ミナが指を立てた。「それって、もし大人が裏で子どもの名前を使って通達を出したら?」
「その防止策が重要だ」リクは頷いた。「戸籍の改竄は独立した監査チームに任せる。加えて、紙や筆跡の鑑定、さらには場にいた目撃者の宣誓を記録して、デジタルともいうべき記録簿に全て保存する。公開の場で誰もが参照できるようにして、改竄の余地を減らす」
「そんな膨大な作業を、誰がやる?」マヤが現実的に不安を覗かせた。「人手が必要だわ」
「教師と保護者、それに子どもたち自身だ」リクは即答した。「僕らは人手で動かすんだ。書記や監査の手順を教育して、専門家を招いて訓練する。誰もが責任を負うことを実感すれば、隠れる理由も減るはずだ」
会議はそこから細かく噛み砕かれ、口論とも協議ともつかない熱が続いた。外では風が吹き、校庭の旗がパタパタと音を立てる。途中で扉が乱暴に開き、倉庫の焼け跡から逃げた李が息を切らして飛び込んできた。彼の服はすすだらけで、指には火で焦げた小片が付いている。顔は血色がなく、震えていた。
「彼らは裏手の証拠保管箱を狙っていた」李は荒い息で言った。「俺が気づいて助けようとしたとき、俺の家にも手紙が来てた――『あなたの家族のために協力していただきたい』って。脅しだよ、リク様。直接だ」
沈黙が落ちた。脅迫状の文言は見慣れた型だった。グレイの残党は、ただ物証を破壊するだけではない。人を脅し、心を折り、証言をねじ曲げる。リクの手のひらが硬く震えたが、彼は立ち上がらなかった。
「そいつらは、恐怖を武器にする」レンが低く言った。「ここで暴露しなきゃ、次はもっと露骨になる。議会の準備を急げ。だが、安全をどう担保するかが鍵だ」
「安全網の一つとして」リクは、外に置かれていた肖像画に視線を落とした。「この肖像画を、ただの記録としてだけにしない。最後の一刷りを皆の前に掲げる。代償の可視化だ。僕の年が進んだ事実を、秘密にする必要はない。むしろ、それを開示することで、それを利用する者に歯止めをかけられるかもしれない。誰かが『王の意思で』と強弁しても、この肖像画がここにあれば、一日一日の代