こども王 第23話「第21章」
「今日、僕がしたいのは――子どもたちが自分の言葉で、自分を守る力を持つことだ」
「今日、僕がしたいのは――子どもたちが自分の言葉で、自分を守る力を持つことだ」
リクは校庭の石段に座り、前に並んだ小さな顔を見渡した。十歳の体に似つかわしくない真剣さが、いつもの笑顔をすこし固くしている。目の前には教師のカテリナ、書記のユウト、そして子ども代表のミミとソウタが並んでいた。背後では他の子どもたちが輪になり、声を出して練習している。風が吹き抜け、郷の寺院の梵鐘が遠くに響いた。
「僕は、王令を無闇に使いたくない。使えば僕は一日分、年を取る。前に何度か使ったから、その痕跡はもう見えている。肖像画にも刻まれているんだ」リクはゆっくり言った。言葉は単純だが、子どもたちには重かった。
ミミが手を握りしめる。八つの指先に土が入っている。彼女は小さな声で尋ねた。「リク王子、もし兵が来たら…どうするの?」
「逃げるべきところは逃がす。守るべきところは守る。でも、守るために僕が願いを代わりに言うことは、できるだけ最後の手段にしたいんだ」リクは答えた。振り向けば、カテリナの目が湿っている。ユウトは震える紙を持ち、外の情勢を示すための略図を指差した。城外の道には灰色の兵卒が進軍している。グレイの軍旗――黒い鷲の紋が確かに見えた。
「大人の一部は、責任を取ると表明してくれた」とカテリナが囁いた。「でもグレイは違う。あの男は自分の計画が破れそうになると、暴力で押し切る。戴冠式を口実に兵を動かして、王の命令を偽装するつもりよ」
リクは小さな手をグッと握った。守るべきはここにいる彼らだ。学校の屋根裏で眠る幼い兄弟だ。石畳に座る少女の腹に抱かれた小さな人形。昨夜、リクが夢で見た児童相談員時代の顔ぶれが、頭をかすめる。自分がこの子らを一人の意志として扱わなければ、助けにはならない。
「だから今日、訓練をやる」リクは立ち上がった。「願いを書いて、声に出す。自分の言葉で選ぶ練習をするんだ。誰かに言わされるんじゃない。自分がどうしたいか、自分で決める。その上で、もし僕が王令にする必要があると判断したら――皆の意志が純粋で、自発的であることを確かめる。それだけを、僕が変える権利にする」
子どもたちは静かに頷いた。訓練は単純だが、手順は厳格だ。まずひとりずつ名前を書き、その下に「私の願い」を自分の字で書く。書いたことを誰にも見せず、自分で声に出す。その場では誰も誘導しない。教師はただ聞き役、記録係となる。ユウトが最後に付け加えた。「外部の大人が強制を加えたとき、願いは無効になる。誘導された願いは暴走を招く――リスクが大きすぎる」
訓練が始まると、緊張が校庭を満たした。小さな手が震えて紙を持ち、文字が歪む。ある男の子は「ママを守りたい」と書き、声は震えていた。別の女の子は「ここで友達と遊びたい」とだけ書いた。言葉の純度が、そのまま行為の重みになっていく。リクは一人ひとりの声を聞き、目を見て頷いた。何度も自分の胸に手を当て、「脅迫されていないか」を確かめた。強い外圧がかかれば、願いは「自ら選ぶ」ものではなくなる。王令はそのような願いを変えるとき、暴走する。彼はそのことを忘れない。
だが外の世界は静かではなかった。正午を回るころ、城門の方から遠く太鼓の音が伝わってきた。カテリナが顔を強ばらせる。「グレイの軍勢が動いている。複数の隊列が城下へ向かっているという知らせが来た」
校庭の空気が張り詰める。子どもたちの練習は一瞬にして戦闘対応へと切り替わった。避難経路の確認、集団での移動訓練、安全な家のリストの取りまとめ。リクは命じた。「誰かが隠れられる場所を確認して。寮の裏の倉庫、古い井戸の蔵、寺の僧房。カテリナ、ユウト、外の大人たちと合図を決める。合図があれば、すぐに移動だ。だが忘れないで、どんなときも願いは自分の言葉で、強制や誘導を受けないこと」
午後の影が伸びる前に、最初の衝突が起きた。城門に設置された臨時の関所で、小さな群れが押し止められる。兵が、住民のチェックを始めたのだ。子どもを含む家族が追い返され、ある老女が抵抗したところで、刃がちらついた。城下の路地からは混乱の叫び声が上がる。グレイは確実に圧力を増していた。
カテリナは俯いた。「一部の大人は責任を受け入れると言ったけれど、兵は容赦しない。強い者には従わざるを得ない者が多い。グレイの圧力は、生き残りを賭けた恐怖になっている」
「それでも、ここで言葉を諦めてはいけない」リクは言った。「言葉は武器になる。暴力に対抗するには、暴力だけじゃない。合意の力、証拠、公開性――それらは戦場でも効く。僕たちはその準備をする」
と、背後で低い唸り声がして、校門の方から一隊の兵が小径を突っ切るのが見えた。黒い鷲の小紋が太陽に反射する。先頭に立つのは鎧を重ねた中年の将校で、彼の肩にはグレイの徽章が光っていた。彼の目は冷たく、子どもたちを見ることさえ憐れむようには見えない。
「リク王子を差し出せ。戴冠式の準備のため、王の宣言が必要だ」将校は冷たく言い放った。声高に叫んだのは彼自身の上の命令だろう。カテリナが顔色を失う。ユウトが前に出て、紙を見せつつ説明しようとするが、兵は聞き入れない。兵士の一角が押し進み、足元に転がる古いかごの中の玩具が砕けた。
「ここは教育機関だ。子どもたちは保護されるべき対象だ」とユウトは言ったが、将校は薄く笑って首を振った。「威厳ある儀式のための一時的措置だ。上の命令は絶対だ。グレイ様の名の下に、王の命令が下る」
リクの胸の中で、何かがぎくりと音を立てた。グレイの言う「王の命令」はいつも、強制の言葉でねじ曲げられた。彼らは王の名を盾にして、子どもたちを動かそうとする。リクは一歩前に出た。小さな体だが、目は揺れていなかった。
「名前を呼んで。自分の言葉で、君たち自身が何を望むか言って」リクは子どもたちに向けて言った。声は低く、だけど確かだ。「だれかが僕を奪おうとしても、僕が代わりに願いを言うのは最後の手段だ。まずは君たちが自分で言うんだ。自分で『ここにいたい』と、あるいは『出て行きたくない』と、はっきり言う。それが本当に自分の願いなら、僕がそれを王令に変える。だが、強制されて言わされた言葉は、僕の力を壊す。暴走する」
将校は不敵に笑った。「それでどういう結論が出ようと、構わぬ。命令は命令だ」
兵が一列に並んで前へ進む。校舎の窓から母親らしき者が顔を出し、子どもの握る紙を奪い取ろうとして叫んだ。「ここにいろ! 彼らを取らないで!」だが兵は押し返した。衝突が近づく。
誰かに強制された言葉は、リクの能力を暴走させる。暴走した王令が何をもたらすか、彼は知っている。その代償で自分の歳は一日進むが、恐ろしいのはそれだけではない。誘導されて出された願いは、逆説的に自由を奪うかもしれない。だから、彼は今、使わない。使うなら、子ども自身の意志で出た純粋な言葉だけ。どんな脅しにも屈しないこと。だが兵は、その線を超えてくるだろうか。
衝突の瞬間、ソウタが飛び出した。八歳の彼は、小さな体で校庭の前に立ちはだかる。兵の足元に転がる木の棒を拾い上げ、震える声で叫んだ。「僕たちを連れて行かないで! ここにいる! 僕たちを奪わないで!」
その言葉は純粋だ