こども王 第21話「第19章」
大広間の空気は、薄い硝子のように張り詰めていた。飾り糸で吊された大きすぎる王冠の影が、午後の陽を切り裂いて床に黒い輪を落とす。リクはその輪の端に立ち、掌のひらを軽く握りしめた。今、やりたいことは一つだけだ。偽りの「子どもの字」を、子どもたち自身の手で暴くこと――それだけで城下の運命が変わるのなら、どれほどの年を払ってでも取り戻す価値がある。だが、払うべき代償は目の前にある。能力を使えば一日分だけだが、自分の年は確実に進む。しかも誘導された願いは暴走する。相手の期待や恐喝で子どもの言葉が捻じ曲げられるのを、リクは四度も見てきた。
大広間の空気は、薄い硝子のように張り詰めていた。飾り糸で吊された大きすぎる王冠の影が、午後の陽を切り裂いて床に黒い輪を落とす。リクはその輪の端に立ち、掌のひらを軽く握りしめた。今、やりたいことは一つだけだ。偽りの「子どもの字」を、子どもたち自身の手で暴くこと――それだけで城下の運命が変わるのなら、どれほどの年を払ってでも取り戻す価値がある。だが、払うべき代償は目の前にある。能力を使えば一日分だけだが、自分の年は確実に進む。しかも誘導された願いは暴走する。相手の期待や恐喝で子どもの言葉が捻じ曲げられるのを、リクは四度も見てきた。
「リク様、準備は整いました」教師のアイラが言った。涼やかな声は、今のざわめきを鎮めるための慎ましい錘のように役立っている。アイラは城下の小さな学校の校長であり、リクが王子として現れる前に児童相談員として働いていたころの知己でもある。今日は彼女が、子どもたちの立会人として自らの名を差し出してくれた。彼女の隣には、筆跡学をかじった書記のペリク、子ども代表のミオ、そして数人の教師と保護者がいる。子どもたちは、大広間の片隅に寄り集まって座っていた。手には紙と鉛筆を押し込まれている。誰もが、緊張で指先を噛んでいた。
「グレイが今日、あの文書を――」ペリクの声が低くなった。先刻、宰相グレイは力業であの「子どもの字で書かれた戦争宣言」の写しを大広間で掲げ、子どもたちが自発的に戦を望んだという主張を大声でまき散らしていた。写しは汚れた紙に、角張った字で大きく「戦に行く」と書かれていた。文字は誰かが子どもを真似て書いたように見えた。筆遣いはぎこちなく、だが過剰に整っていた。文面には、子どもが知るはずのない軍事用語や成句が不自然に混じり、語尾は丁寧すぎて子どもらしさが消されている。グレイはそれを「子どもたちの自由意思の証拠」として振り回した。広場では市民たちが騒ぎ、兵卒の一団が門口に整列したという報せが届く。
リクは視線を落とすと、肖像画が天井に向かって並んでいることに気づいた。額縁の中の自分の顔は、確かに数日分だけ若干変わっている。頬の丸みが少し緩み、目尻に微かな線が刻まれていた。それは彼の選択の証であり、またリスクの印でもある。今日、能力を使うつもりはない。能力は欺瞞を断つ道具にもなり得るが、誘導されれば暴走し、彼自身の年を無情に刻む。今は手元にある証拠を、子どもたちの自発性を以て示すしかない。
「法廷への提出物は拭い去られていません。証拠保全の請求は通りました」リクが言う。彼の声は子どもたちに向けられているのだと同時に、大広間にいる全員に向けられていた。言葉は静かだが、その決意は揺るがない。観衆のざわめきが一瞬だけ静まる。リクの側には、彼を畏敬の念で見る者もいれば、年少という事実を嘲る視線もある。しかしリクの目は、ただミオたちの顔に向けられていた。
「ミオ、君は今日、証人として前に出る気があるか?」アイラが優しく訊く。ミオはまだ八つか九つだ。顔には幼さが残り、前髪が目にかかっている。彼女の肩には小さく縫い付けられた《学校の徽章》が光っていた。
「うん」ミオは小さく頷いた。声は震えていたが、揺らぎはなかった。彼女は自分の意志で手を挙げた。リクの能力は彼女のように「自分より年下の者が自分の意志で選んだ願い」を動かす。しかし今は願いではない。証言だ。選択の主体はミオ自身にある。リクは彼女の目を見て、短く微笑んだ。それは「君の言葉で頼む」という合図だった。
法廷の席につくと、グレイは余裕に満ちた顔で待っていた。彼の側には、廷吏と二人の将校が控え、紙束を何冊も抱えている。彼は小さく鼻で笑い、まずは自分の主張を再び声高に繰り返した。観衆がざわめき、支持者は拍手する。だが彼の声には、リクの耳には細い亀裂が聞こえた。恐怖で膨らんだ自信の裏側に、焦りが見える。
「ここで証拠比定を行う」リクは裁判長に言った。裁判長は年老いた男で、長年の経験で戦の火種を見抜く術を持っている。彼は顎に手を当て、リクの言葉を受けてから、静かに首肯した。壇上に持ち込まれたのは、グレイが掲げた写しと、今日提出された子どもたちの筆跡見本、そしてペリクが用意したインクと紙に関する専門家の報告書だった。
「では、まずは筆跡の照合を行います」ペリクが前に出て宣言した。彼は城の書記の一人で、文字の癖を読み取ることに長けている。書き損じの角度、線の入りと終わり、はらいの位置。文字は生き物だ。大人でも、子どもでも、文字はその者の身体に宿る習慣を露わにする。ペリクは黒い箱から拡げた用紙を慎重に差し出した。そこには、子どもたちが数日前に提出した――というより、今日、子どもたち自身が改めて書いた「自由記述」が整然と並んでいる。文面はまちまちだ。どれもが稚拙で、言葉遣いに一貫性はない。だがその揺らぎこそが真実であり、そこにこそ説得力が宿っていた。
「ミオ、お願いするよ。君の手で、ここにひと言書いてくれないか。自由に。さっきのように、ただ思ったままを」リクはそう言って、ミオに紙と鉛筆を渡した。ミオは深呼吸をして、鉛筆を握る。緊張で指先が白くなる。大広間の空気が、また一度張り詰める。観衆の中には、小さな声で囁く者もいた。グレイは面白がって笑い声をあげる。だがミオは落ち着いていた。彼女の手は震えたが、筆圧は一定している。彼女はゆっくりと、子どもらしい丸文字で「ゲームがしたい」と書いた。言葉はしょうもない。でもその文字には、特徴があった。左はらいを小さく、右はねを大きく、特定のひらがなで棒を伸ばす癖がある。それらは、写しの文字にはないもので、写しの文字は均質で、どの字も等間隔で整然と並んでいる。
「比較してみてください」ペリクが指示する。彼は原本とミオの書いた文字を横に並べてみせた。観衆の中にはぽかんとする者、こみ上げるものをこらえる者がいる。ミオの丸文字は、写しの字とは根本的に異なっていた。写しの「戦」の字は、まるで大人の筆遣いで構成され、途中の送りが滑らかすぎる。子どもの字に見せかけるために、過剰に整えられているのだ。
リクは続ける。「次に、文章の内容についてだ。子どもが書く言葉とは思えない語彙や用例がたくさん混ざっている。そこで、ここにいる君たちに聞きます。先日、誰かから軍用語や戦術の言い回しを教わりましたか?」
一人、二人と手が上がる者がいたが、それはまさにグレイの側近が仕組んだ「模範解答」だった。リクはそれを見抜いていた。否定の形で、子どもたちの声を引き出す必要がある。ミオは手を下ろし、静かに答えた。
「ううん。わたしたち、そんなこと知らないよ。先生たちが教えてくれたのは字の書き方と算数だけ」彼女の言葉は、子どもらしい乾いた誠実さを帯びていた。周囲から小さなどよめきが起きる。アイラが誇らしげに頷いたのを、リクは見逃さなかった。
だがグレイは諦めない。彼は手早く別の文書を取り出すと、それもまた「子どもの字で書かれた」とされる別の声明文の写しを示した。これには、先ほどの写しよりもさらに巧妙な罫線が入っていた。文面の論理構成は鋭く、大人が読むと納得してしまいそうな整合性を持っている。グレイはそれを掲げて叫んだ。
「彼