虫使い

虫使い 第9話「第8章」

朝の光はまだ葉の間をちぢこまらせていた。ミオは手にした蜜壺をぎゅっと抱えたまま、巣箱の列に沿って駆けていく。胸の奥で血が鳴るような違和感──女王の羽音が、いつもの滑らかな縞になっていない。代わりに、断片的で怒ったような刺す音が飛び交っていた。村の子どもたちが通る道を逸れて小走りに来たのは、ただ確かめたかったからだ。女王を、生き延びさせたい。井戸の水を守るための合図を守る灯を消したくなかった。

朝の光はまだ葉の間をちぢこまらせていた。ミオは手にした蜜壺をぎゅっと抱えたまま、巣箱の列に沿って駆けていく。胸の奥で血が鳴るような違和感──女王の羽音が、いつもの滑らかな縞になっていない。代わりに、断片的で怒ったような刺す音が飛び交っていた。村の子どもたちが通る道を逸れて小走りに来たのは、ただ確かめたかったからだ。女王を、生き延びさせたい。井戸の水を守るための合図を守る灯を消したくなかった。

「ミオ、どうした!」とリクの声。村の若者で、最近はミオと一緒に蜂の世話を覚えている。彼は梯子を抱え、息を整えながら立っていた。背後には老女のハンネが、布に包んだ何かを差し出している。ハンネの目はいつもより鋭かった。蜜を抱えたまま立ち止まるミオに、彼らの存在はただの手助け以上のものだった。守るべき連なり。彼らの選択が、今の自分の行動を支えてくれる。

「巣箱の一つが壊れてる。蜂が散ってるけど、女王の羽音が…おかしいの」ミオは言葉を噛みしめた。声はあまり震えていなかったが、言葉の後ろにある恐れを彼らは見逃さなかった。ハンネが布を差し出しながらぽつりと言う。

「女王を失ったら、三日は音が聞こえなくなる。あんたが言ってたこと──自分の耳でないと確かめられなくなるってことだよ」

その言葉でミオの体が冷えた。女王を失えば、彼女は三日間、虫たちの羽音を聞けない。三日は、井戸の変化を警告するための合図を受け取れない時間。王都の伐採が近づく中で、そんな隙を与えるわけにはいかない。だがその恐れは、ただ縮こまらせるだけの力はなかった。ミオは蜜壺を梯子の上に置き、巣箱に向き直る。

巣箱の前には、白蜂が一羽、羽の端が欠けてちぢこまって止まっていた。序章からずっと、その白蜂はミオの側にいた。今日はいつもと違って、羽を小刻みに震わせている。白蜂の羽音は、かすかな光の矢印のように胸に刺さる。ミオは白蜂を手のひらに乗せ、その小さな体温を感じ取った。白蜂はじっとして、その白い小さな眼で彼女を見た。ミオは指先でそっと頬を撫でた。

「外敵の痕跡がある。夜中に誰かが巣に何かを投げ込んだらしい」リクが小声で報告する。巣箱の木肌に黒い煤のような斑点。細い針のような刺し傷。巣板の一角に血のような赤いしみがついている。ミオは息を呑んだ。蜂たちの騒ぎ方は、ただの天敵による襲撃以上の、不安定さを告げていた。

巣箱を開けると、中からざわめきが溢れた。蜂たちの羽音が渦を作り、ミオの耳を攻める。彼女は力を入れて踏みしめるように立ち、声を落として言った。「命令はダメ。落ち着かせるなら、匂いとリズムで合意を──」言い終わらないうちに、ハンネが布袋を開け、潰したハーブを差し出した。香りが蜂たちの興奮を少しだけ削る。ミオはそれを小さな匙で取って、女王のいると思しき場所へゆっくりと差し入れた。

女王は巣板の隅にいた。大きさが違い、光沢のある腹部と皇冠のような背。だがその羽は裂け、片方に血がにじんでいる。羽は動いてはいるが、まとまりのないふるえをするばかりだった。ミオの胸が潰れそうになる。女王を包むように群がる群れは、まるで揺れる帆みたいに不安定だった。誰かの命令だけで動かせるものではない。命令すれば、いっせいに散る──ミオはそのルールを思い出さずにはいられなかった。自分が命じるだけで群れを失うことは、今や致命的な選択になりうる。

「やられたのは、蜂だけじゃない。巣箱に残された……硫黄の匂い、焼けた紙。誰かがここを見付けて嫌がらせをしたんだ」リクが低く言った。針のような緊張が空気を切る。ミオの手が微かに震える。誰かが意図的に攻撃したのだとしたら、村が直接狙われていると考えざるを得ない。

ミオは深く息を吐いた。女王に触れることを決めると、指先から湧き上がる感覚は、理屈ではない。彼女は自分の世話をしてきた蜂たちのためにいる。守る対象は、自分が最初に救いを求められる人々──仲間たち、井戸を使う村人たち、そして森の声を聴く役目を負った自分自身でもある。女王を失えば、合図を受け取れない時間が生まれる。だが女王を救うために身を投げることが、自分の身体にどんな代償をもたらすかも知っている。音を失うかもしれない三日間を恐れつつ、ミオは女王の体を抱きかかえるようにしてそっと持ち上げた。

女王は冷たく、微かな振動でしか応えない。ミオは息を殺し、手近の布をほどいて包帯代わりに使った。ハンネが渡してくれた薬草と蜜を塗り、リクが小さな燭台を持ってくる。燭台の火は小さくとも、蜂たちを威嚇しないように向きと強さを注意深く調節した。煙は使わない。煙は彼らを追い払う兵器になりうるからだ。ミオは巣箱の中の蜂たちに、自分の意志を押しつける代わりに、彼らが選ぶ余地を残す道を選んだ。

「ミオ、こっち手伝う」リクは言葉少なに働き、ハンネは薬草を差し出しながら唇を震わせる。「あんたをそんな風にしてしまったら、私たちも黙ってられない。ただ、あんたのやり方を信じる。命令じゃなくて、合意を作るって、あんたが言ったことだろう?」

その言葉を受け、ミオは首肯した。自分の能力を独占してはいけない。女王を救うために、彼ら全員の手が必要だ。彼らは自分の手ではなく、それぞれの判断で動いている。ミオは白蜂を膝の上に戻し、息を整えながら、蜂たちに向けて小さな旋律を唄った。昔、養蜂の師匠に教わった、巣を落ち着かせるための簡単な節。命令ではない。自分がやってきた日々の作業の延長としてのリズムだ。

すると、小さな奇跡のように羽音が一つ、二つと揃っていった。ミオが白蜂に教えたリズムに、いくつかの個体が呼応した。かすかな模様が空気に走る。ミオはそれを聞き取り、心の中で織り直す。能力は使える。自分で世話した虫に限り、羽音の模様に感情や短い伝言を込められる。だがそれは命令ではなく、彼らの合意の上で成り立つものだ。ミオは合図を送るのではなく、共鳴を求めた。

すでに女王の体温を戻すための泥や蜜を塗り、ハンネが温かい布で包み、リクがそっと巣箱を支える。だが女王の羽は深く裂けており、飛べるかどうかは分からない。ミオの手のひらに伝わる脈の枯れたような震え。もし女王が死ねば、耳が消える三日間を受け入れなければならない。ミオはその恐れを呑み込み、指先に力を込める。

「ここで止めるんじゃない。巣箱を分けて、女王候補を育てる準備をしなきゃ。女王一匹に頼るのは、もう危ない」ハンネの声には冷静さがあった。村の長老がそう決断することで、若者たちの間に方針が定まる。リクは頷き、周囲の者は動き始めた。ミオはその動きに背中を押されるようにして、女王を巣箱の奥深くに戻した。蜂たちは集まってその周りを守るように群れを作るが、ところどころに抜けてしまった穴がある。いくつかの個体は、羽音の模様が乱れて遠くへ飛び去った。

「出てったやつらは戻ってくるの?」リクが尋ねる。ミオは分からなかった。命令で引き戻せば群れは散る。戻ってくるのを待つしかない。だが待つだけでは失うものがある。ミオは自分の能力で誰かに短い伝言を運ばせることを考えた。巣箱から遠く離れた隣村にいる医者へ、すぐに手を貸してほしいと伝えることができれば……。しかし、そこにはリスクがあった。女王が弱っ