虫使い

虫使い 第18話「第16章」

「リナ、頼む。これは都まで確実に届けてくれ。」

「リナ、頼む。これは都まで確実に届けてくれ。」

ミオは濡れた手で包みを結び直した。中身は井戸底から掬い上げた泥の標本数点、蟻の行路を写した細密な図、それに村で書き上げた告発文書だ。セランが夜を徹して清書した印章つきの写し。ハルクが金具で補強した木箱の内側には、湿気を防ぐための蜜蝋が塗ってある。リナは顔をきりりと引き締め、馬方用の手綱を再確認した。

「分かってる。道中は見張りが多いけど、昼過ぎには都への巡回隊が通る。あの隊列の流れに合わせて紛れ込めば、検分を免れるはずよ」

「隊列に紛れこませるって……それ、危ないんじゃないの?」カイナが声を震わせる。年老いた村長のような存在だ。彼の瞳は、まだミオに向けられた信頼と不安が混ざっている。

ミオは小さく笑った。笑いを浮かべても掌の汗は引かない。眼前の箱の中には、決定的なものが入っている。井戸の蟻が示した行路は、ただの生態的奇妙ではなかった。掘られた層、人工的な繊維片、暗渠の痕跡。誰かが地下に手を加え、そこに都が望む資源を隠蔽している証拠になり得る。だが、証拠を送ったからといって正義が自動で回るわけではない。都は書類を受け取る方法を持つ——そして、その方法で人の声を飲み込む。

「分かった。村のためにやる。馬は強いし、私も早駆けは得意だ」

リナは背を伸ばして木箱を抱え、きつく結んだ包みを肩に掛けた。外では巣箱の近くで働く者たちの笑い声が聞こえる。ミオはふと耳を澄ました。羽音が遠くで一斉に揺れる。白蜂たちだ。彼女は呼吸を整え、口にする。声は低く、しかしはっきりと周囲へ届く。

「私たちの声を、書類だけに頼らない。虫と、人の証言で届かせるんだ」

宣言の言葉に、ハルクが眉を寄せた。鉄を叩く音が、いつもより鈍く響く。

「虫を都に持ち込むのか? あれは危ない。都の役人に見られたら、軍用の一手にされかねん」

「それは分かってる」ミオは首を振った。彼女の指が木箱の縁で小さく動いた。箱の端に留められた小さな蜜蝋像が、白蜂の羽の欠けた姿を模している。序盤に拾った羽の欠けた白蜂。まだその名残はミオの胸に引っかかっている。

「でも、告発文をただ送るだけでは無意味だった。都の返事を待つだけで、都は時間を稼ぐ。時間はバルドの軍用樹脂の計画に働く。私たちの井戸の変化は待ってはくれない。だから——公開の観測を提示する。人と虫を交えて、誰の手にも握らせない形で見せるんだ」

「公開の観測式?」セランが水差しを置き、唇をすぼめる。「法廷でもないのに、どうやって都の人間に見せるんだ?」

ミオは答えずに、ふたたび遠くの羽音を聞いた。女王のいる巣箱の方角だ。羽音は、たとえ穏やかでも、彼女にたくさんの情報を与える。だが、その情報は決して万能ではない。彼女はその限界を、いつも自分に突きつける。

(私の力は、私が世話した虫だけ。命令だけで使えば、群れは散る。女王を失えば——三日間、何も聞こえなくなる)

頭に浮かぶ代償は冷たい。三日の静寂は、孤独と無力を生むだけではない。情報の独占を避けるべきだと彼女が学んだのは、その沈黙の間に村が文字と手旗の網を編み始めたからだ。今はもう、ミオの耳だけが頼りではない。だが、耳が働く時、その威力はやはり大きい。だからこそ慎重にならねばならない。

リナが戸口を押して振り返る。「セラン、カイナ、ハルク、何かあったらすぐに鳴らすよ。約束して」

「腕の見せどころだ、若者」ハルクはぎこちなく笑いながら、重く頷いた。「ついでに、都で顔馴れのある鍛冶屋の知り合いにこの箱を見せとけ。余計な興奮を呼ぶなって言っておく」

リナが馬にまたがって走り去る。ミオはその背を見送った後、そっと巣箱の方へ歩き出す。彼女の指が蜜ろうを撫でると、巣箱の扉からほんの少し羽音が濃くなった。巣箱の蓋に彫られた小さな白い印——あの羽の欠けた白蜂の図案を、彼女は指でなぞった。

「聞かせたい。だけど、押しつけはできない。分かってる。この力を独り占めするつもりはない」

近くにいた少女たちが興味深そうに目を輝かせる。ミオは笑って小さく手を振り、しかし心は別のことでいっぱいだった。都に送った書類がどう扱われるか。彼女はそれを知りたかった。知りたくて、日暮れ前にはいつもより早く小路に出た。巡回隊の影が、村のはずれで曲線を描いている。リナはうまく隊列に紛れ、都の門を目指したはずだ。

夕刻、村の広場に人が集まった。空気は緊迫している。誰もが都からの返事を待っていたのだ。時間が過ぎると、遠くの馬車の車輪音が聞こえて、役所の使者が到着した。彼は厳しい表情で、封書を差し出した。封印は都の公式な丸印で固く留められている。

セランが手を震わせて封を切り、墨の匂いが立ち上る。鶴首して読む。文章は形式的で、驚くほど冷たい。

「表題は受理した。現地調査の必要性は認識したが、関係部署との協議が必要であり、現時点での立ち入り調査は差し控える。書類は各省庁へ回付し、追って通知する——だと」

読み上げるセランの声は平坦だった。広場の空気が一層冷たくなる。カイナの腕が固くなる。老いた手に血管が浮き出た。

「つまり、受理したふうを装っておいて、中に手を入れないということだ」ミオの言葉は低い刃のように静かだ。「都は時間を稼ぐ。バルドの言い分を整える。隠蔽は、その間に進む」

「それだけか?」誰かが叫ぶ。怒りが湧き上がった。

「差し控えるとある以上、動かぬ証拠を見せてもらわねば答えようがない——というのが公式な体裁のようだ」役人は肩をすくめ、紙を返した。「しかし、現地での確認が必要と判断されれば、改めて使者を派遣する。公務の都合ということで、ご理解を願いたい」

人々の苛立ちが荒い波となって広がる。誰だって理解を願うだろう。だがこの「公務の都合」という言葉は、都のやり方を最もよく表していた。形式的対応。口先だけ。正義の名を冠した遅延。ミオの内側で小さな感情が燃え始めるが、彼女はそれを抑えた。焦りは、虫を強制することに似ている。強制は群れを散らす。

「書類を出しただけで満足している。私たちを黙らせるために」とハルクが唇を噛む。「なら俺らで別の道を作るしかないだろう。都の役人相手に刀を抜くわけにはいかん。だが、人前で示せば、やりようが変わる」

ミオの眼がはっと光る。ハルクは言葉を続ける。

「都が書類を懐に納めても、百人、千人の眼前で同じものを示せば、言い訳は利かん。彼らは形を変えても、事実は目の前にある。だから、観測式だ。観る者がいて、記録があって、証言がある——それが全てを覆す力になる」

「観測式……」セランはしばらく黙っていた。やがて、静かに笑いが漏れる。「意外と宗教裁判みたいだな。しかし、理にかなっている。公の場で技術と証拠を示して、都が後ろめたいことをすれば、隠せなくなる」

「だが、どうやって虫を公の場で使う? 役人があの羽音を聞けば、すぐに武器の可能性を唱える」村の若者が不安そうに言った。

ここでミオは、はっきりとした線引きを示した。彼女の声は冷静で、しかし内に熱を含んでいた。

「私一人の力に頼らない。虫は私が世話したものに限られるし、命令だけで動かすと群れは散る。女王を危険に晒せば三日