虫使い

虫使い 第17話「第15章」

井戸のふちに立つと、ミオはまず自分の手を見た。指先に残る蜜の薄い膜と、先日女王にやった薬草水の匂い。今したいのは、蟻の通路をたどることだった。井戸の縁で黒い粒がせわしなく動く。彼らはいつもと違って、口に小さな白い破片を運んでいる。破片は、木の破片に薄く付いた樹脂のように見えた。

井戸のふちに立つと、ミオはまず自分の手を見た。指先に残る蜜の薄い膜と、先日女王にやった薬草水の匂い。今したいのは、蟻の通路をたどることだった。井戸の縁で黒い粒がせわしなく動く。彼らはいつもと違って、口に小さな白い破片を運んでいる。破片は、木の破片に薄く付いた樹脂のように見えた。

「ここ数日、増えてるんだ」と井戸番のハナが言う。年季の入った布巾で掌を拭きながら、唇を結んだまま井戸底を覗き込む。ハナはこの村の水を守る者であり、ミオが最初に助けを求められた一人だ。彼女の表情は硬く、顔の筋肉が動くたびに皺が深くなる。

隣にはツバキがいた。木こりの青年だ。前線での鋸仕事で腕が逞しく、口数は少ないが、目は避けずに事態を見据える。彼は肩にかけた斧の背を指先で軽く叩いていた。木を切ることで生活を支えてきた者だが、伐採が進めば仕事ごと消えてしまう可能性を知っている。

「都の調査隊も来るって、今日の朝に聞いた」とツバキが低く言った。「役人がお墨付きさえ出せば、どんな説明も通る。証拠がなければ、声はかき消される」

ミオは横の籠を覗いた。中には、彼女が世話した小さな蜂や甲虫が眠る箱がある。白蜂の包んだ綿をそっと撫でると、羽の欠けた白蜂は羽根を震わせ、目だけで彼女を追った。あの蜂は序章の夜からずっと、ミオの胸の奥で小さな火を灯し続けている。

「蟻を追って掘る。痕跡をたどって隠し場所を見つけたい」とミオが言った。声は少し震えていた。それはただの探検心ではなく、井戸の水を守るという約束の重さが紡いだ言葉だ。

「掘るとなれば人手がいる」とハナが眉間に皺を寄せた。「都に知られればすぐに止められる。バルドの下働きが村に入る前に証拠を掴むつもりか?」

「そう」とミオは頷いた。「ただ、蜂や甲虫に頼るだけじゃ駄目だ。命令ひとつで群れが散ることはもう知ってる。女王がいなくなったら三日間、私には音が届かなくなる。だから、虫は私の声の代わりであって、それが全部じゃない。皆の手と眼で掘る」

ツバキは一度地面に足をつけ、そこから伝わる冷たさを確かめるようにしてから言った。「夜に穴を開ける。見張りは俺が立てる。だが、ミオ、虫に頼るなら慎重に。強引に命じれば、逆に長引く」

ミオは小さく笑った。笑いに混じるのは焦りと決意。彼女は、こうして仲間と共に行動することを選んだ――誰もがそれぞれの判断を持っていることを、彼女は何よりも尊重したいのだ。

蟻の隊列に沿って、村の裏手の低い土手を下る。蹄鉄の跡や人の足跡で表土は乱れている。蟻たちは井戸の側面のひびを通り、見えない何かへと一直線に進む。ミオは指先を差し出して、手のひらの温度を蟻に感じさせた。小さな黒い体が彼女の手に触れ、暫くの間行列は乱れずに進んだ。彼らは警戒心が強い。触られることを嫌うはずなのに、ミオの手には、なぜか従うように見えた。だがそれは命令ではない。彼女が長い時間をかけて、井戸の周りの土や草を整え、少しずつ手を差し伸べてきたからだ。関係は、押し付けではなく、受け入れによって築かれていた。

その関係を壊す一声がいつでも迫っている。バルドの徴発隊。都の役人。村に立つ看板に書かれた「調査」の文字。ミオは胸の中でそれらを数え、心が沈むのを感じた。

小さな谷に入ると、蟻の行列は地面のひび割れへと消えた。その開口部は、かつての地割れに蓋をしたように、浅い木の板で覆われていた。ツバキがそっと板に膝をかけ、爪を木目に差し込んで持ち上げる。板の裏は湿り、白い結晶のような樹脂の跡が光った。匂いが鼻腔をついた。甘く、どこか薬臭い、まるで蜜と松脂が溶け合ったような匂いだ。

「ここか」とハナが息を呑んだ。

板の下には、暗い空洞が口を開けていた。蟻たちはその縁を取り巻き、中へと消えてゆく。ミオは懐から小さなランプを取り出し、火を灯した。炎は気を付けて籠の中で揺れ、空洞の奥底をぼんやりと照らす。最初に見えたのは、焼けた木材の塊と、黒く固まった塊――樹脂が焦げて黒く変色したものだった。さらに視線を進めると、小さな木箱が幾つか並んでいた。蓋は崩れて歪み、箱の側面にはかすれた印が押されている。印は馬蹄のような形に見えたが、完全には読み取れない。

「軍用の香りだ」とツバキが小さく言った。「運搬箱だ。こんなに小分けになっているのは、目立たないようにするためだ」

ミオは手を伸ばし、箱の一つをそっと引き出した。蓋の角を掴むと、中から樹脂の塊が柔らかな光を放って見えた。指に触れたそれは、まだ温かいような感触がした。保存のために処理された樹脂だ。蜜とは違う重み。軍用樹脂。村で使う日常の樹脂とは明らかに成分が異なる。

「これが、伐採の目的なんだな」とハナが毒づくように呟く。「都はただの木材じゃなく、何かもっと重いものを探している」

箱の脇に、小さな羊皮紙の切れ端が落ちていた。湿ってはいたが、縒れた文字が見える。ハナが慎重に拾い上げ、ツバキが覗き込む。紙の端には日に焼けた印章の跡が薄く残り、そこには確かに「官吏用の刻印だ」とハナがつぶやく。

「こんな証拠を都が隠していたなら……」ツバキは言葉を濁す。彼の顔から笑顔は消え、顎に力が入った。

ミオは紙の匂いを嗅いだ。インクの匂いと、羊皮紙を燻した香りが混じっている。文字のいくつかは判読できた。採集日。地点番号。目撃者の署名。ミオの視線は、署名の末尾にある小さな刻印にとどまった。見覚えのある形だ。都の下働きが使う、支給のしるし――だが、そこに押されていたのは見慣れた役所の印ではない。別の者の、個人のしるしに似ていた。首筋が冷たくなる。

「これがあれば、隠蔽の痕跡になる」とハナが低く言った。「だが都の役人はこれを手に入れれば、逆に言いくるめられる。証拠を都に出すだけじゃ駄目だ。都の中に味方が必要だ」

ミオはゆっくりと箱の中の樹脂を指で撫でた。指跡がつき、蜜よりも重い感触で指に残る。女王の回復はまだ完全ではない。自分の耳がいつまで頼れるかもわからない。彼女は確かなことだけを積み重ねる必要があった。

「証拠を掘り上げる。だが、ただ掘るだけでなく、隠された記録も掘り起こす。板の下にもっとあるはずだ」とミオは言った。「ここから先は夜に作業しよう。灯りは最小限。見張りを立て、誰がどこを掘るかを決める。私から虫を運用する。だが、虫だけに頼らない。手旗と文書、声を持つ人々が必要だ」

ツバキは膝をつき、土を掘り返すための鍬を取り出す。彼は自分の意思で動いている。ハナは小さな巻物にメモを書いて、村の代表に急ぎで知らせを走らせようとした。ツバキの妹のマユは、顔を曇らせながらも「手伝う」と自分の意思で答えた。若者の中には、証拠を外部へ持ち出すことに不安を覚える者もいた。だが意見は交わされ、選ばれた人々は互いに頷いた。決定はミオの独断ではなく、村の合意である。

夜になり、三人の見張りが置かれ、残る者たちが薄暗い火のもとで小さなロープと板を並べた。ミオは箱をもう一度見てから、籠の白蜂の側に腰を下ろした。彼女は言葉を掛ける。強制ではなく、いつものように、軟らかな呼びかけだ。蜂は羽を震わせ、小さな音の模様をミオに送る――それは恐怖の震えではなく、注視を促すような細かいトンとした