砂暦の村長子と、眠れる季節の迷い路

砂暦の村長子と、眠れる季節の迷い路 第8話「第七章」

道は触れるだけで、過去を返してくるようだった。

道は触れるだけで、過去を返してくるようだった。

足許の砂がほんの少しずれると、白銀の空気が一度だけ裂け、そこに小さな工房の匂いが立ち上った。油の匂い、金属の匂い、そして古い木のかすかな焦げ臭。僕は瞬間的に前世の作業台の端にいた。埃を払えば出てきそうな毛羽立った布地と、半分組み上がった腕時計。指先はもう一度歯車の列をなぞりたくて、知らずに動きかけた。

「トワ、ここは――」

ミナの声で戻る。彼女は白い外套の裾を固く握り、目を細めている。彼女の視線の先には、雪のなかで小さな足跡が続いていた。足跡の主は子どもの。雪に半ば埋もれた赤い布片が、風に震えている。ミナの肩が微かに震えた。彼女の胸の奥にある名前は、寒さの中でよく鳴るベルのように鳴っていた。

ラグは陽気さを抑えきれず、少し前かがみで手のひらを広げる。彼の周りからは、焦がれた肉の匂いと熱い日光の重みが滲んだ。遠くで幼い手が荷を引く音がする。セラの前では、土を掘る小さな手が芽を見つけ、緑の光がにじむ。オルドの頬を一度だけ赤金の葉が掠める。四人の前に、四つの季節が同時に立ち上がった。

道はそれぞれを誘う。視界が割れて四分割になり、四季が一枚の絵のように襞を寄せる。左上は深い雪と透明な呼吸、右上は熱波に揺れる黄土、左下は桜の谷の緑の帯、右下は落葉で敷き詰められた赤金の林。そこから伸びるのは、真ん中へと続く一本の足跡だった。四つの地表が互いに重なり、しかし足跡は一点で溶け合う。僕らの影が、四つに引き裂かれながらも中央に向かって溶けていく。

その画面が、きっと漫画の見開きに相応しいほどの鮮やかさで僕の眼前に広がった。葉の縁から滴る霜、焼けるような空気の揺らぎ、芽をつつく小さな鳥の囀り、舞い落ちる落葉の擦れる音。すべてが同時に鳴り、混じり合ったとき、道は低く、砂が触れ合うように囁いた。

「ここは、迷い路だ」オルドが言った。声にはいつもの冷たさがなく、少しだけ震えが混じっていた。「歩く者の記憶に反応する。通った者の過去を映し出す。だが──見せるだけではない。踏み出すたびに、一場面が薄れていく危険がある。ここを長く歩けば、君たちは自分の一部を置いてくることになる」

言葉を飲み込む間にも、工房の針先が一度だけ止まった気がした。僕は腕にある小さな金属片を確かめる。前世の秒針と似ているが、これは違う。記憶の重さを支えているのは、ここでは僕の意思だ。

「逃げるか」ラグが軽口を放つ。だがその笑いは揺らいでいた。「なあ、ここに残ったら、もう二度と荷を背負って走れないかもしれないぞ?」

ミナは沈黙したまま、赤い布片に近づく。雪がその布に纏わりつき、兄の小さな名を呼び戻すように風が鳴る。彼女にとって兄の姿は、いつも掘り出せない石の中の欠片だった。彼女が膝をつこうとするそのとき、セラが手をかざして彼女を止めた。セラの掌から緑の光が零れ、雪の縁が一瞬だけ緩む。小さな芽が雪の下で息をしているのを、二人は見る。

「ここで立ち止まることは、選ぶことだ」セラの声は柔らかい。彼女は種を見つめるときと同じ厳しさで言った。「私たちは救えるものと、救えないものを見極める。だがそれは、逃げる理由にはならない」

僕の心は工房の中の木屑で騒いでいた。どうしても、あの最後の修理をそこでやり直したくなる。誰かと一緒に歯車を抑え、正しい順に歯を噛ませる。あのとき断ち切れなかった「一緒に直す」という約束を、ここで果たせるかもしれない――そんな幻想が、氷のように冷たく胸を締め上げる。

でも、約束は僕自身だけのためにするものではない。僕には今、仲間がいる。オルドが差し出した判子の冷たさを忘れないように、ミナの静かな決意を無視できない。もし僕がここに残れば、誰が先に進むのだろう。誰が僕らの足跡を繋げるのだろう。

「記憶を喰う道だと分かっているなら、仕組みに従おう」僕は声を出した。言葉は自分に向けた決意でもあった。「ここで惹かれるものがあっても、僕たちは互いを呼び戻す。名前を呼ぶ。手を取る。代わりに何かを捨てるなら、それは僕一人の重荷にしない」

ミナが目を上げる。彼女の瞳には雪の光が詰まっていた。ラグは口元で笑って見せた。オルドは判子をぎゅっと握りしめ、セラは小さな種を指先で転がした。四人が同じ呼吸を合わせると、道の囁きは一度だけ低くうなった。

一歩を踏み出すたびに、記憶の一場面が薄れていく危険は現実になった。最初に薄れたのは、ラグの胸にあった歌の一節だった。子守唄のようにいつも彼が口ずさんだ旋律が、つぶやき始めた途端にひどく遠くなる。ラグはびくりと肩を震わせ、指先で唇を押さえた。歌は詩の行のように途中で切れ、そこだけ空白になった。

「何だ、出掛ける前の気抜けか?」ラグは無理に笑う。だが笑いの端が途切れ、彼の目から一瞬戸惑いが漏れる。彼はその空白に慌てて手を伸ばしたが、歌の残りは戻らない。代わりに、彼の掌に小さな黒い砂粒が落ちたように、記憶の輪郭だけが欠けている。

ミナがラグの肩に触れた。彼女は普段、言葉を選ぶが、今回は手が先に動いた。握った手に、温かさを伝えようとしたのだ。ラグはそれで何とか呼吸を取り戻す。僕は、彼が歌の欠片を探している間に、彼の代わりに空白を埋める言葉を紡いだ。

「君はいつも、あの鉄の樽の上で歌ってた。溢れる荷を落とさないよう、歌ってたんだろう?」

ラグは驚いて顔を上げた。そこにいたのは確かな彼の姿だった。目の奥に、一瞬だけ子どもの頃の光が帰る。彼は小さく笑い、喉を鳴らしてから歌の続きを口にした。出だしはぎこちなく、しかし次第にメロディが戻ってくる。道は糖のように甘い代償を要求したが、僕らはそれを分け合った。

次に消えかけたのは、セラの師の顔だ。春の光が差す小さな祠の影で、彼女は師と一緒に座っていた。師の手の皺、目の端の優しさ、その声がかすかにずれていく。セラはハッと呼吸を止め、指先でその空気を捕まえようとする。だが手は空を掴むだけで、師の顔は薄れてぼやける。

「セラ、どんな花だった?」僕は咄嗟に訊いた。質問が具体的であるほど、記憶は戻りやすいと僕は前世での習慣から学んでいた。セラは目を閉じ、小さく呼吸を整える。しばらくの沈黙の後、彼女は小さな声で答えた。

「薬草だ。葉の縁が少し波打って、匂いは土と雨の混じった香り……」

彼女が一語一語を紡ぐごとに、その祠の輪郭が締まり、師の口元が微かに動く。僕らは互いの記憶を道具のように使って、欠けた部分を繕っていく。呼び掛け、詳述し、共に思い出す。そうしているうちに、道の喰らいは小さくなる。だが、代償はどこかに確実に落ちていた。何かが、土の下で音を立てたような気配がする。

オルドはもっとも冷静でいられたが、彼の顔にも影が差す。昔の役所で押した判子を握るときの音、権威を行使した瞬間の温度感が、少しずつ薄れていくのを彼は感じ取った。彼はそれを嫌がるように肩をすくめ、判子をまた胸に引き寄せた。罪の記憶が消えることを望むのではなく、消えることで責任が曖昧になることを恐れていた。

「隠したいものをここに晒すつもりはない」オルドが言った。「だが、いくつかの景色は、触れずに行けるかもしれない。それが選べるなら、選ぶべきだ