砂暦の村長子と、眠れる季節の迷い路 第9話「第八章」
地下へ下る石段は、湿った時間を吐き出すように黴の匂いを含んでいた。足音は低く、四人の呼吸も石の冷たさに溶けてゆく。明かりは奥へ行くほど薄くなり、やがて目が慣れるとそれが不思議な色を帯びているのに気づく。秋の赤金が、天井の苔を通して淡く光っているのだ。季節が壁に張り付いているかのようだった。
地下へ下る石段は、湿った時間を吐き出すように黴の匂いを含んでいた。足音は低く、四人の呼吸も石の冷たさに溶けてゆく。明かりは奥へ行くほど薄くなり、やがて目が慣れるとそれが不思議な色を帯びているのに気づく。秋の赤金が、天井の苔を通して淡く光っているのだ。季節が壁に張り付いているかのようだった。
庭の扉を開けると、空気は一変した。外の混ざり合った四季がうっすらと遠ざかり、ここだけは時間が選ばれたように留まっている。葉は落ちない。枝は冬のように張りつめ、しかし葉は紅く、地面には乾いた落葉の絨毯が敷かれていた。光は柔らかで、葉一枚一枚の縁が金粉のように反射している。音はほとんどない。風も虫も、遠い世界のことだとでも言うように閉じ込められていた。
中央に、小さな椅子が一つ置かれている。子ども用の背もたれが低く、座面には布の痕と、長いこと座られていないことを告げる埃の層がある。椅子の傍らには、指先ほどの小さな玩具。布で作られた人形の目は、一つが失われていた。椅子の下、葉の隙間からは、黒味を帯びた砂が静かに渦を巻いていた。渦は小さく、しかしその中心からは微かな囁きのような音が漏れてくる。空気の中に、断片的な言葉がこぼれる。僕はその音に、前世の工房で耳にした刃物を研ぐ音を重ねてしまった。
「来ているな」ヴェルグの声は、扉の向こうから来た。彼は花を摘むように静かに歩み寄り、庭の輪郭を一瞥してから椅子の方を見た。顔は影に沈み、ただ両手に抱えた壺が少しだけ光を反射している。壺の中の砂は黒く、動くたびにほのかに音を立てた。
彼の言葉は、前に出てきた怒りや苛立ちとは違っていた。むしろ、疲労と念が混じったような温度を帯びている。「ここは、まだ止めている場所だ」と彼は言った。「終わるはずの痛みを、留めておく。誰かがその痛みに慣れれば、それでも生きていけるというなら、僕はそれを選ぶ。だが、お前たちは別だろう。お前たちは変化を信じる」
ミナが前に出る。彼女の手には冬砂を封じた小さな笛が光るが、今は彼女もそれを握るだけで沈黙している。ラグはいつもの笑いを殺し、重い靴音だけを鳴らす。セラはひざまずいて椅子を見つめ、指先をそっと玩具に触れた。僕は言葉を失った。椅子に残る温もりの痕跡を探してしまう自分がいた。
ヴェルグは少し笑った。喉の奥で乾いた風が鳴る。「彼女の名前を教えるか?」と、半分冗談のように付け加える。声には嘘がなかった。そこには、守りたいという単純で重い意志があった。僕は喉が締めつけられるのを感じ、すぐにそれが自分だけのものではないと悟った。仲間たちも同じ波の下で揺れている。
「どうして、こんなことを」僕は問いかけるつもりで息を詰めた。だが言葉は届かなかった。ヴェルグは椅子の横にゆっくりとしゃがみ、掌を砂の渦に近づけた。黒い砂は彼の指先に触れると、ささやかな光をはじいた。その瞬間、庭の空気が震え、あらゆる葉の縁で微かな音が鳴り始めた。音は子守唄にも似て、誰かが遠くで呼ぶような調子を帯びていた。
「この庭は、止めるために作られた」とヴェルグは言った。「巡季脈の一部を隔離し、時間の出入り口を梗塞させる。停められた季節は守る。飢えも、災禍も、老いも、少なくともここでは遅らせることができる。僕は娘を失った。冬の病で。看病はした。できる限りのことをしたが、病は変化を求める。変化がない方が良いということは、彼女が楽だったということでもある」
セラの指先が震えた。彼女はぽろりと玩具を床に置き、目を閉じる。「それで、村を…?」と彼女は低く問う。言葉は続かず、椅子の周りに漂う砂の囁きが答えを受け止める。ヴェルグはうなずき、静かに壺の栓を緩めた。
黒砂が一筋、空中に溶け出す。庭の隅に向かって浮遊し、小さな渦を描きながら石段の方へ引かれていく。まるで呼気のように、冷たく乾いた空気が通路を抜け、薄暗い石段を伝って外へ向かっていった。僕らはその空気の流れを感じた。閉ざされていた何かが一瞬だけ撥ね返され、外の世界に達したのだ。
「外の村に風が吹くかもしれない」とヴェルグは淡々と言った。「長い間、秋の終わりの風は届かなかった。乾きはじわじわと広がる。人はそれを味わうだろう。だが止めるという選択は、いつでもできる。あとは誰がその責を負うかだ。お前たちの望む答えが村を救うなら、僕は手を放す。だが救済は常に代価を伴う」
ここで彼は、僕らの能力について触れた。言葉は直接的ではないが、伝わってきた。季節を「借りる」という僕らの術は、効果の裏で必ずどこかから同量を奪う。僕は無意識に手袋の下で掌に汗をかいているのを感じた。頭の中で前世の時計の歯車がカチリと音を立て、ある光景が浮かぶ。あのときも僕は選ぼうとしていた。だが今は違う。今回は、僕一人の選択では済まない。
ラグがしゃがみ、落ち葉の一枚を拾った。その葉の縁は光を失いかけていた。「誰かが決めるとか、そういう問題じゃねえだろ」とラグは言った。「俺たちは運ぶだけだ。変化を運ぶのも、止めるのも。ここで誰かが全部背負おうとするのは、無理ってもんだ。だけど、選べるなら、みんなで運びたい」
ミナの視線は冷たいままだったが、それは拒絶ではなく、計算のようだった。彼女はぽつりと言う。「一人で守るのは、守る人の心も止める。私はそれをしたくない。誰かを守るために、世界のどこかを壊すなんて我慢できない」
ヴェルグは右手を顎に当て、黙考したようだった。庭の空気は再び静まり、黒砂の鳴きが遠のく。彼の顔が少しだけ見えた。そこには苛立ちではなく、消えない傷が刻まれていた。「僕は選んだ。だが後悔はない。娘が一日でも苦しまずに眠るなら、それで良かった。だが、君たちは若い。君たちはまだ、変化を賭けにできる」彼は僕らの眼を一つ一つ見て言った。「だから決めてみろ。壊すか、動かすか。どちらが残酷かは、答える側次第だ」
僕は胸が張り裂けそうになった。前世のあの夜、修理しきれなかった時計を男と二人で直すと約束したときの感覚が、ここで重なった。あのときは誰かと一緒に直すという決意が、事故から僕を守った。今もまた、誰かと分け合うことが救いになるのではないかという直感がある。でもその直感は、村だけの幸せではない。どこか遠くの畑や町から季節を奪うことになれば、僕はまた一人で何かを壊すことになる。前借りは便利だが、何かを奪う。そうである限り、僕は躊躇わざるをえない。
「ここで決めることはできない」僕は少し震える声で言った。「僕が一人で答えを出していい問題じゃない。村のみんなの声を聞きたい。僕は村長の跡継ぎだからって全部を背負う義理はない。僕たちは…選び方を、共有するべきだ」
ヴェルグの目が細くなる。短い沈黙の後、彼はゆっくりと立ち上がり、壺をそっと引き寄せた。「そうか」と彼は言った。「それが君の答えなら、持ち帰るがいい。だが約束しておけ。戻ってくるなら、覚悟して来い。戻らないなら、ここはいつまでもこのままだ」彼は壺の蓋をきつく閉じ、手にしたそれを胸へ抱いた。指先に黒砂の微かな温度が残っている。
その時、庭の一角で、小さな音がした。風が、何かを運んだように。枯れ葉が一枚だけ音もなく舞い、椅子の上に寄り添う。まるで誰かがそこに座り