人形王子 第8話「第7章」
夜風が工房街の軒先を滑った。塗料の匂いと乾いた木の匂いが混じり、月は低く、屋根瓦の継ぎ目に冷たく座っている。レオンは三つの影のうち一つ、肩に薄い外套を巻いただけで通りの端に佇んでいた。彼が今したいことは一つ――あの「口覆い」がどうやって人の願いを奪うのか、その痕跡を見つけることだ。理由はもっと単純で強い。もしルキウスが本当に他人の意志を奪い兵に変えているのなら、工房街の人々も、身内も、一夜にして消えてしまうかもしれない。守るべきは、病弱な姉マリアと、この街の職人たちの手と笑い声だ。今そのために動くしかない。
夜風が工房街の軒先を滑った。塗料の匂いと乾いた木の匂いが混じり、月は低く、屋根瓦の継ぎ目に冷たく座っている。レオンは三つの影のうち一つ、肩に薄い外套を巻いただけで通りの端に佇んでいた。彼が今したいことは一つ――あの「口覆い」がどうやって人の願いを奪うのか、その痕跡を見つけることだ。理由はもっと単純で強い。もしルキウスが本当に他人の意志を奪い兵に変えているのなら、工房街の人々も、身内も、一夜にして消えてしまうかもしれない。守るべきは、病弱な姉マリアと、この街の職人たちの手と笑い声だ。今そのために動くしかない。
「本当に行くのか、王子様?」低く絞るような声。ニナは薄暗がりに溶けた木片のように立っていた。無口だが、彼女の視線は確かな刃を持っていた。彼女は自分の作業台を置いてきたばかりだ。レオンはそれを知っている。ここから戻ったら、誰もいない工房を彼女が守る必要がある。行けと言えば行く、止めれば金槌を握りしめる。その覚悟を彼は無理に引き出すつもりはなかった。
「見つけなきゃならない。あの覆いがどういう素材で、どこから願いを持っていっているのか。分かれば、対策が立てられる」言葉は慎重に選んで吐き出した。平然に聞こえるよう努めたが、胸の奥は石を抱えたように重かった。マリアの寝息が夜毎に小さくなるたびに、いつかそれが消えるのを心配する。だから、知ること。知ることで誰かがもう一度手を伸ばさなくて済むなら、知るしかない。
クレイは柱陰で腕組みをしていた。追放された近衛兵の姿は意外に目立たない。むしろ、彼の疲れた顔と動きが、この夜の本気を示していた。指先にかかる古い傷跡を、彼は無意識に触れた。クレイは王宮の裏側を知っている。構造、巡回のリズム、物資の搬入路。今回の行動は彼がいて初めて可能になる。だが、それと同じだけ、彼は戦場で何をしたか、何を見たかを背負っている。彼は今、その重さでなお前へ出ると決めているのだった。
「抜け道はここを通る。旧運河の倉庫だ。夜中は守りが薄い。だが倉庫の奥で改造をやっている。衛兵の装具に似せて改良している。口覆いの試作品もここに来る」クレイの低い喉声は、夜にすっと溶けた。言葉が説明にならないのは、彼自身が見たことを言葉にしたがらないからだ。だが一つだけ、彼の目が躍ったときに見えたのは、その倉庫の奥で何か冷たい光が回転しているということだった。――簡素な金属、管、透明な小さなカプセルの反射。普通の兵器ではない、という直感が胸に刺さる。
ニナはまた黙ったまま薄い唇を噛んだ。彼女の意思は小さな動作で示された。首を振る代わりに、小さな木箱をレオンに差し出す。木箱の蓋には、ニナが日々削っている細工の痕跡があった。中にはとても小さな、欠けた人形の首が入っている。マリアの人形をそこに思い出す。レオンは箱を受け取り、指先で首の縁を撫でた。何も言わなかった。言葉はいらない。二人とも共有している恐れがそこにあった。
「もし見つけても無理して突っ込むな」ニナがようやく声を出した。短く、しかし固い。クレイが鼻で笑った。彼はわざと肩をすくめて見せる。だが彼の目だけは笑っていなかった。「いいや。突っ込む。だが突っ込むなら確実に情報を持って帰る。今日は証拠だけだ。直接反撃はしない」
三人は水路沿いの影を伝って倉庫へ向かった。月明かりは時に有利、時に裏目に出る。倉庫の梁は夜露で光り、鍵の掛かった大扉の片隅に監視塔の縁取りが浮かんでいる。クレイは用心深く、古い石橋の下を回り込む。かすかな金属の擦れる音。誰も鳴らない。だがその静けさが彼らをいっそう目立たせる気もした。
倉庫の裏口は、昔ながらの流儀で開いていた。そこにはかつて運河で働いた男たちが使った滑車が残り、錆び付いた縄が横たわっている。クレイは鍵を外す。彼の手元は正確で早い。中へ入ると、木と鉄の匂い、油の匂い、そして薬品の浅い刺激が鼻を刺した。倉庫の奥からは、かすかな機械音と人声が漏れてくる。誰かが小さな実験をしているのだ。
彼らは柱の陰に隠れ、観察した。作業台には、大小さまざまな試作品が無造作に散らばっている。布片、革紐、細い管、歯車、そして――小さな透明なカプセルが、木製のトレイに並んでいた。それは細い真鍮の輪で縁取られ、中に不規則に輝く粉末が沈んでいるように見えた。月光が粉末を拾い、小さな星屑のように反射する。
「それが…」ニナが一歩前に出て、それだけ吐き出した。手のひらは震えていない。だが彼女の目は、箱の中の首を思い出していることを告げていた。レオンの指先が無意識に箱の中の首へ触れる。暖かさはない。ただ乾いた木の冷たさと、古い塗料の割れた匂いだけだ。
作業台の向こう側には二人の男がいた。ひとりは細面の技師、もう一人は短髪の兵士だった。彼らは声を潜めて何かを話している。レオンは耳をそばだてる。言葉の断片が切れ切れに入ってくる。
「…抽出率は高い。成人の宣誓でも…」
「しかし生体からだと危険が…」
「収束器を直結すれば…粉末に封入できる」
「ルキウス閣下の命令だ。品質を上げろ」
その瞬間、薄い糸のような何かがレオンの胸を突いた。粉末。収束器。彼らは言葉を持たない願いを抜き取り、結晶化させている。想像の中で、手に触れられた願いの痛みがレオンの瞳の奥に波紋を作った。彼は息を詰める。
「取材役を立てる」クレイが低く囁く。言葉は作戦ではなく、合図だった。レオンはこくりと頷いた。計画は単純だ。証拠を一つでも持ち帰る。写真がないならば、物理的なサンプルを。だが倉庫の人々は油断していない。監視の目がいくつもある。ここで生兵法を使えば、全員が終わるだろう。
クレイが身を翻すと、彼は細い段ボール箱を持ち出した。箱の中には、以前彼が王宮で見た軍の簡易マスクの小片と似たような素材が入っている。それを材料に、彼らは「偽の検査品」を作ることにした。作戦はこうだ:レオンが倉庫の一隅で壊れた小さな自動人形を見つけ、それを一時的に「所有者の願い」で動かす。演技の間に、クレイが装置のトレイからカプセル一つを取り出す。ニナは背後で待機し、必要ならば音で注意をそらす。簡単に聞こえるが、鍵は「願い」を扱うことの危険性だった。
レオンはゆっくりと近づいた。壊れた自動人形は小さな椅子に横たわっていた。顔の塗装は剥げ、目は片方だけ欠けている。作り手の癖が残る。この子の持ち主は誰だろう。彼は手を伸ばし、指先を軟らかな布と木の接合部に当てた。まずは「願い」を探る。能力を使うとき、彼はいくつかの決まりを自分に課していた──他人の願いを勝手に選べないこと、命令だけでは動かないこと、そして嘘を重ねれば機械は停止するという代償。今は、「所有者が言えなかった願い」がそこに残っているかだけを確かめる。
静けさが世界を押しつぶすように重くなった。レオンの視界の端に、色が吸い込まれ、細い光が手のひらから椅子へと流れる。数瞬の波紋。人形の胸板が小さく震え、脆い木の関節が軋んだ。眼のない側の瞳孔に、薄い光が宿る。
「家に…帰りたい」声ではなく、記憶が拳を握るように胸の内から押し出された。所有者の言葉は断片的で、それは彼が触れた瞬間に忠実に立ち現れた。雷のように、知らない男の孤独がレオンを打