人形王子 第7話「第6章」
倉庫の二階は、まだ木屑と塗料の匂いが濃く残っていた。昼下がりの光が、割れた窓に差し込み、床の埃を金色の帯に変えている。レオンはその帯の端に座り、両手を膝の上で組んでいた。したいことは簡単だ。目を閉じて、短い眠りを取ること。それだけで、心臓の鼓動が静まるはずだった。
倉庫の二階は、まだ木屑と塗料の匂いが濃く残っていた。昼下がりの光が、割れた窓に差し込み、床の埃を金色の帯に変えている。レオンはその帯の端に座り、両手を膝の上で組んでいた。したいことは簡単だ。目を閉じて、短い眠りを取ること。それだけで、心臓の鼓動が静まるはずだった。
だが、彼の頭の中にはいつも声がある。使った力が残した断片の記憶──壊れた人形が誰かの言葉を飲み込むとき、そこに宿るはずだった「言えなかった願い」の重みが、夢になって現れるのだ。床に置かれた小さな腕の破片、目がひび割れた小首、動力軸に噛み込んだ古い歯車。そのすべてが、使い手の苦しみを細い針のようにレオンの肌に突き刺す。
「もう休め」と、隣で黙々と角材を削っているニナが、声にならない声で言った。無口なその少女は、いつだって工具ひとつで語った。彼女が作る椅子の背は、誰かを包み込むように丸く、傷んだ板を寄せ合って強くしてあった。ニナは、今は助けを必要としている職人たちの道具を直している。彼女の手は、言葉以上の頼もしさを持っている。
「姐さんは、どうしてる?」とレオンはつい口にする。守るべき存在を確かめるのは癖だ。薄い毛布の中で眠るマリアの顔は、いつもより少し青白い。胸の上には、彼女が抱いて離さない首のない人形がある。布と綿で作られた胴体は、縫い目が幾重にも補修されていて、そこに詰められたものは――マリアの言葉の代わりに、幾つかの秘密を知っているようだった。
「静かよ」とマリアは囁いた。声は弱いが決然としていた。「外へは出られない。でも、ここでなら……」その言葉はそこで途切れ、彼女は人形をぎゅっと抱きしめた。レオンはその抱擁を見て、胸の奥が締め付けられるのを感じた。彼女を守るという誓いが、ただの言葉でないことを再確認する。
倉庫の扉が乱暴に開き、外から息を切らした職人が駆け込んできた。額に土が付き、腕には新しい傷。彼の名はカルド。小さな鋳造屋の職人で、徴発の紙を持っていた。
「急げ、ここから移動しなければならない。城の徴発が――」言いかけて、カルドは言葉を止めた。床に置かれた一体の小型人形を見下ろし、目を伏せた。その人形は、以前に彼が試作していた二足歩行の試作機だった。胴に入っている小さな蒸気炉は壊れて、脚の一つは軸が抜けている。兵器としては役に立たない、けれども職人の思い入れが詰まったものだ。
「これ、使えるか?」とレオンは訊いた。必要になるのは、力仕事の補助だ。廃材で作った即席の支柱を押さえ続けるだけでも、人の手は助かる。だが、ルールはいつだって冷酷だ。壊れた機械を自律させるには、その所有者本人の一つの願いが、彼自身の言葉で発せられなければならない。
カルドは喉を鳴らして、顔を強張らせた。「……命令して動いてくれればいい。そう言ってくれれば、動くはずだ」言葉は淡々としていた。だがレオンは、彼の目の泳ぎを見逃さなかった。カルドの手は微かに震え、唇の端に引っかかった何かを押し隠そうとしている。
「その願いは、本当にあなたの言葉か?」レオンは静かに問うた。さほど感情は籠らない。自分の能力の発動条件を守るための、ただの確認だ。しかしカルドはすぐに答えられなかった。自尊心と羞恥の間で揺れる男が、逃れたいという本音を押し殺したのだ。
レオンは人形の近くに身をかがめ、掌を木の腹に当てた。必要なことは、カルドの言葉を拾うこと。カルドが言葉を出しさえすれば、人形は短時間、自律する。だがもし言葉が嘘や偽りで塗り固められているなら――機械は止まる。嘘の累積は機械の停止を速めるという、痛いほどの法則がある。
「命令して……動いてくれ」カルドは低く言った。だがその声には嘘の影があった。城に徴発されることを認めたくない男が、とりあえず強さを装う言葉を選んだのだ。レオンはそれを受け入れるしかなかった。時間がなかった。
願いを吹き込むとき、いつも何かが起こる。レオンの意識は、薄いガラスを通して遠い場面を覗くように変わった。カルドの中に眠る記憶が、刃のように鋭く彼の感覚を切り裂く。男の幼少時、炭で燻された夜、兄弟の泣き声、溶けた金属に落ちた指先の焼ける痛み。カルドが隠そうとしたのは、腕の痛みだけではない。家を捨てて逃げたいという恐怖、裏切ることへの罪悪感、そして職人としての矜持と、守れないことへの深い恥だった。
レオンは吐き気を覚え、口内が苦くなった。血の味が混ざる。手のひらが汗で滑り、視界が波打つ。悲鳴のような音が耳内部で鳴り、彼は一瞬、自分が人形の口の中に落ち込んだような錯覚に襲われる。これは代償だ。自分以外の誰かの痛みを知るという代償は、筋肉や神経を蝕むほどの痛みを残した。
人形は一度、ぎくりと動いた。脚に力を入れ、壊れた軸を無理に引き上げた。だが嘘の影が機械の背骨に浸透し、動きが荒くなる。蒸気炉の煙突から紙くずのような蒸気が漏れ、人形は軋んだ音を立てて停止した。軸が外れた瞬間、支えていた廃材がずり落ち、近くに立っていた若い見習いの肩にぶつかった。
「うっ!」見習いが叫び、刃物を落として膝をついた。幸い大怪我には至らないが、血がにじむ。ニナが素早く駆け寄り、彼女の布で傷口を押さえる。レオンは膝をついたまま、脳裏に焼き付いたカルドの記憶の一つ一つがじくりと痛むのを耐えた。
「嘘を重ねたからだ」と、レオンは低く言った。吐き気と頭痛で言葉は掠れる。カルドの顔が真っ青になり、唇が震えた。彼は取り返しのつかない顔をして、やっと本当の言葉を絞り出した。「逃げたいんだ。ここから、ただ――外へ出て、もう一度やり直したい。だが城の人間に見つかると、破門される。家族を見捨てるわけにはいかない。嘘をつくしかなかったんだ」
その告白が、初めて、本当の願いだった。レオンの体に流れていた重たい灯火が、ぴたりと変わる。彼は肺の奥を刃で刺されたような痛みを感じた。人の本当の願いは、いつも純度が高い。純度の高さが、機械を長く動かす力になる。レオンはもう一度、掌を人形の腹に当てた。今度はカルドの本心が言葉になって吐き出され、人形はぎくりと再び動いた。だが動ける時間は短い。代償は増して、レオンの体力は削られていった。
「ここで……少しの間、支えてくれ」ニナが簡潔に命じ、仲間が手伝って梁を押し戻した。皆の合意が、小さな奇跡を延ばした。だが人形は息を引き取るように静かになり、カルドの瞳から涙が零れ落ちた。
夜になって、倉庫には静けさが戻った。外からは巡回の馬の蹄の音が遠くで鳴り、灯りは薄く減っている。レオンは床に横になり、額を抱えたまま、吐き捨てるように言った。「私は、力を使うと……誰かの痛みを知る。楽にはならない」
マリアがゆっくりとこちらに寄ってきた。彼女はいつだって弱っているが、そうであるからこそ人の真実を見る目が鋭い。彼女は小さな人形を抱きしめたまま、レオンの顔を覗き込む。
「ずっと、黙っていた?」彼女の声は震えていた。まるで抱いている人形の口元から漏れるような、か細い声だ。マリアは自分の人形をじっと見つめ、次にレオンを見上げた。「私の人形は、どうなの?」
レオンは軽く息を吸った。ここで隠す理由はない。隠したところで、痛みが薄まるわけではない。仲間と