天気屋 第4話「第3章」
アオは、今すぐにでも仲間がほしかった。山の向こうに七日後の「白嵐」が迫っていることは、雲の裂け目の向きと空気の匂いでわかっていた。けれど一人で動ける時間には限りがある。自分の一枚の天気図は、町一つ分の明日を固定できるだけだ。それで谷三つを救えるわけがない——だから仲間が必要だった。
アオは、今すぐにでも仲間がほしかった。山の向こうに七日後の「白嵐」が迫っていることは、雲の裂け目の向きと空気の匂いでわかっていた。けれど一人で動ける時間には限りがある。自分の一枚の天気図は、町一つ分の明日を固定できるだけだ。それで谷三つを救えるわけがない——だから仲間が必要だった。
「ねえ、あんたが雲を読むって子かい?」声は風の切れるような鋭さで、雨雲の端の空気をつまむ少女の声だった。アオが顔を上げると、肩から薄い銅の棒を三本束ねたような道具を下げ、手のひらに小さな火花を集めている少女が立っていた。雨粒を指先で弾くと、その間に小さな雷がひょいと飛び跳ねる。ミツ、と彼女は名乗った。雷を「集める」仕事をしている、と誇らしげに言う。
「そんなことして、なにになるんだ?」アオは素朴に訊ねた。鈍い晴れの粒が指の間で乾いていくのを見つめながら、彼女は肩をすくめた。
「塔の代わりよ。塔が壊れりゃ電気がない。観測機械も動かねえ。雷はどうせ落ちる。落ちるならこっちへ落として役に立てばいいだけさ」彼女の目は蓄電池のように輝き、口の端には泥と硝子細工を混ぜた笑みがあった。
そのやりとりを、肩幅の広い男が半分うつむき加減で聞いていた。装束は山岳兵のそれだが、背中に地図入れを抱えるときの顔はいつも不満そうだ。ダン、と名乗る。地図が嫌いだと宣言したとき、アオは思わず笑いそうになった。地図嫌いの兵がこの山を案内してくれる──矛盾は奇妙な安心感をくれた。
「地図は信用ならん。紙は風で飛び、道は雪で変わる。俺は目で覚える。地形は触るもんだ」ダンはそう言って、靴の先で小石を蹴った。だが彼の手つきは正確で、短い鳴動で崩れやすい斜面の角度を確かめている。地図を嫌うのは、紙の上の線では人を救えないと知っているからだろう。アオはそれを仲間として、価値ある意見だと感じた。
「俺は──雲は読める。空に一枚、明日の天気図を描ける」アオは言った。言葉の端で、自分が持つ小さな力の輪郭が固くなる。相手に誤った希望を与えたくなかった。だから最初に付け加えた。
「消せるわけじゃない。災害を消すことはできない。ただ、いつどこで荒れるかを固定して、避難の時間をつくるだけだ。描いた天気を変えるには、眠りを差し出さなきゃいけない。眠らずに書き換えるほど、俺は人の表情を色として判別しにくくなる。だから安易に何度も書き換えられない」
ミツは火花を一つぴんと弾き、青い閃光を指の間に編み込んでからぽいと空へ放った。「眠りを売るのか。……聞くのと見るのじゃ全然違うね、風の値段って」くすりと笑って、彼女は懐から汚れた布袋を取り出すと、それに棒を差し込んだ。集めた雷を小さなコンデンサに詰める手つきは慣れていた。ミツにとって、眠りの痛みよりも失われるはずの命が先に見えているらしかった。
ダンは腕組みをしたまま、冷たい目でアオを測った。「一枚で谷三つは無理だ。だが一枚で一谷なら時間は作れる。それをどう回すかが問題だ。役割は決めておくべきだな。俺は道を作る。崩落の危険箇所を手で固める。ミツは電源と信号、あんたは天気図で合図出す。住民を動かすのは、俺たち三人じゃない。あいつら自身だ」
その言葉に、アオの胸がぎゅっと固くなった。彼は師匠から聞かされていたことを思い出す。予報は人を動かす力ではない。だが、信じる人間がいれば、予報は時間を与え、行動を組織する手伝いをする。彼はそれを証明したかった。師匠の予報帳の白紙の頁の意味はまだつかめていない。だが今、彼の前に立つ二人と、動きたがる住民たちがいる。先延ばしはできなかった。
ちょうどその時、谷から鈍い轟音が遠くから追いかけてきた。羊の鈴の音とは違う、雪が落ちるような音。三人は同時に振り向いた。峠の斜面が白く割れ、雪の波が谷へ下りている。まだ小さな始まりだが、積もった雪が滑り出す音は確かだった。
「逃げる時間を作るなら、明日の天気を固めたいんだ」アオは言った。自分の手を空に向けると、胸の中に小さな緊張が走った。天気図を描くときの感覚は、墨絵を描くよりももっと冷たい。空気の密度が指先に伝わり、雲が一枚の紙のようにずれる感触が残る。彼は空に小さな円を成すように線を引いた。言葉はなかった。描くこと自体が宣言だ。
空に描かれたのは、明日の峠の天気図だった。低気圧の進路、弱い前線、風向き——アオは最大でも「明日はこの場所の風は北寄りで弱い」という程度の線だけを引き、あとは仲間たちに見せるようにゆっくりと指差した。描いた瞬間、空の端で雲がぎゅっとした。彼自身の描写が空に定着するのがわかった。だが同時に胸の奥に冷たい警告も届く。描いた天気は、明日の朝までこの場所の運命を定める。だが今夜の雪崩を止める力はない。
「これで明日の朝、峠の風は弱くなる。だが雪が滑り出す音は止められない。避難の準備を今すぐ始めるしかない」アオは声を絞り出した。ダンはうなずき、ミツはすぐに銅の棒を握り直して走り出した。二人は黙って役割を始める。ダンは雪の溜まりそうな窪みに木の支えを打ち込み、崩れやすい斜面にロープを張る。ミツは谷の端に走り、集めた雷を短距離の信号に使って遠方の監視所へ警報を送る小さな電流を流した。
村の人々は最初、アオの描いた空をじっと見た。空に白墨で書かれた図が誰の目にも見えるわけではない。だがミツの信号が遠方の鐘を震わせると、初めて動きが生まれた。老人が杖をついて飛び出し、羊飼いの夫婦が驚いて坂を駆け上がる。アオは息を吐いた。彼が作ったのは「時間」であって、それだけでは救いではない。だが時間があれば人は動ける。彼はその狭い真実を、仲間と住民の動きの中で確かめた。
雪の波が谷をきしませて流れていく。木々に当たる音、岩にぶつかる音、はがれ落ちる屋根の板の悲鳴が連鎖する。だが事前の準備で、被害は最小限に留まった。倒木が寝床をつくり、村の裏手の幾つかの家は土嚢で補強されていたため、家屋の倒壊は免れた。誰かが人を押し、誰かが子どもを抱え、誰かが羊を追う。アオは息が切れるのを感じながら、自分の目が少し混ざったように見えることに気づいた。顔の陰影の境目がぼやけ、頬の赤みが落ちたように見える。だがその程度だろうかと自分を甘やかしたかった。
「大丈夫か?」ダンが立ち止まり、アオの肩を乱暴に掴む。彼の顔はいつもの無愛想な表情だったが、その目には心配が宿っていた。アオは首を振る。眠りを失わせる代償は、まだ明確には出ていない。だが彼は知っている。重ねれば重ねるほど、他人の感情を読む小さな色差が消えていくのだ。
「俺は何枚も描けるわけじゃない。一枚で一谷を守る時間を作る。次はどうするかは、今日ここで決めよう」アオは冷静に言い切った。自分の言葉を、仲間たちがしっかりと受け止めるのを見て、胸の重さが少し和らいだ。
避難が一段落したところで、ミツは指をぱちんと鳴らして鋭い笑顔を見せた。「面白い。あんたの絵は空気に刺さるのね。次はどこに刺す? 雷を貯めておくから、送電が必要なら言って」
ダンは口を一文字に結び、砂を足で蹴って道の状態を確かめる。「お前の絵が当てにならなくなったり、眠りを失って顔の色が見えなくなったら厄介だからな。だが今は力になる。俺は