花火師

花火師 第7話「第6章」

夕暮れの煤けた空気が、工房の戸を押し戻す。ユウは長机の上に広げられた破れた花火筒を一つ、また一つと裏返した。内側に残った金の線が、夕陽を受けて刺すように細く光る。指先が――確かめたくて、また恐ろしくて――自然にその光をなぞる。何かが胸の裡に締めつけられるように疼いた。守るべきものがそこにあるのだと、改めて認める痛みだった。寝静まった避難区画の家々の窓には、小さな明かりがちらほら。ミナの子どもたちが夢の中でまだ震えているのを想像すると、手が勝手に動く。

夕暮れの煤けた空気が、工房の戸を押し戻す。ユウは長机の上に広げられた破れた花火筒を一つ、また一つと裏返した。内側に残った金の線が、夕陽を受けて刺すように細く光る。指先が――確かめたくて、また恐ろしくて――自然にその光をなぞる。何かが胸の裡に締めつけられるように疼いた。守るべきものがそこにあるのだと、改めて認める痛みだった。寝静まった避難区画の家々の窓には、小さな明かりがちらほら。ミナの子どもたちが夢の中でまだ震えているのを想像すると、手が勝手に動く。

「まだやるのか?」

背後で、ガルドの低い声がした。元宮廷の点火士は影のように項を曲げ、古いランタンの光で顔を濃く浮かび上がらせている。彼は煙草のように細い棒を唇に挟んでいたが、火は点けない。長年の習性か、火と距離を取る者に見える。

ユウは振り向かずに答えた。「あの線の起点を――どこまで伸びているのか確かめたい。表面だけじゃない。中まで通っている。王都へ向かっているんじゃないか?」

ガルドは筒の縁に指を触れ、金の線を薄くすくうように見つめた。長い間、王都の空を守る仕事に関わってきた男の顔に、微かな影が落ちる。言葉を選びながら、彼は言った。「見に行くなら夜だ。王都の目が無ければ、痛みも少ない。だが、あの壁の遺構は監視の網が張られている。歩き回るなら覚悟がいる」

「覚悟はある」。ユウの声は小さかったが、揺るがない。掌に残る冷たさ――金の線に触れたときに感じたものの痕跡が、彼を突き動かしていた。色の熱は、触れたものの記憶のように残る。赤い熱の残りは指先にぴりりとした温もり、青の残りは遠くへ引っ張るような感覚。そして金は──守り、だと彼は理解していたが、その代償も知っている。金を用いれば用いるほど、自分の痛みが遠のく。大きな守りは、自身の危険感覚を奪う。だからこそ、確かめないわけにはいかない。

夜道を二人で歩いた。古い城壁へ続く小径は草に埋もれ、石畳は月に滑る。ガルドは時折、足を止めて後ろを見返した。空気は冷たく、遠くの村の犬が一声吠えるたびに二人の胸が跳ねた。ユウは懐にしまった小瓶を押し込み直す。花火筒の断片から剥がした薄い金箔だ。必要最小限の金で、回路の残り火に触れるだけにするつもりだった。

遺構は想像よりも大きかった。丘の上に朽ちかけた石の環が、かつての防壁の内縁を形作っている。石には古い銘や幾何学的なみぞが刻まれ、そこに金属がはめ込まれていた。月光に照らされた金属は、ささやかな軋みを立てるように冷たく光る。その一部に、花火筒の内部と同じ細い金の線の残りがあった。細い銅線のように流れ、刻まれた溝の中で続いている──北を示すように、真っ直ぐ王都の方向へ伸びていた。

ユウは呼吸を忘れて近づく。指先で金の残滓に触れ、静かに内側から色の熱を呼び起こす。触媒は要らない。彼の手の中にある金箔と、残された鉱石の粒が反応する。薄い光の糸が、指の間で結われるように伸びた。編むという感覚――言葉にすればそうだが、実際には五感の端が別の世界へ紡がれていくような違和感だった。限界は三色。彼は心の中で色を数え、まず青を引いた。青は方向を示す。あの線がどこへ向かっているかを教えてくれ。

青の糸は冷たかった。指先から伝わる引力が、金の溝を伝って先の方へと伸びる。音もなく、だが確実に、どこか深いところに向かっていた。次に、ほんの少しの金を足す。守りの色を混ぜることで、存在している回路が「閉じている」か、「制御下にある」かを確かめたかった。金の糸は青と絡み合い、微かな抵抗を感じさせた。だが、糸が結ばれた瞬間、ユウの手の奥に空洞ができるような感覚が走った。痛みが一瞬だけ遠くなった。小石が靴の裏に挟まったのを踏んだはずなのに、それすら気づかない。

「ユウ!」

ガルドの声が背後で早鐘のように鳴った。彼が背を向けて見たのは、金の溝の先に埋められた古い銅板で、そこに刻まれた記号が静かに横たわっていた。銅板の文字は風化していたが、王都の方向を示す地図の一部であることは読み取れた。更にその上に、手の込んだ配線図が掘られている。金の線は単なる装飾ではない。柱の根元や石の継ぎ目に組み込まれ、ネットワークを成していた。そこには小さな円形の窪みが幾つもあり、それらが一箇所に向かって収束している。

「ここから一箇所へ繋がっている」とガルドが言った。彼の声は震えていたが、その震えは驚きと怒りが混ざったものだった。「かつての防壁配線だ。だが、こんなに中央に収束しているとは……王都の制御が──独占されていたんだ」

ユウは口を開けたまま、金と青の糸を手の中に抱えた。改めて金を引き締めようとした瞬間、指先の皮膚に小さな熱い衝撃が走った。火花が迸ったのだ。花火の残り火がはじけたような短い痛み。だが、驚くべきことに、その痛みはほとんど彼の内側に届かなかった。火花の一つが爪弾きになって皮膚をかすめたのだが、それが真っ直ぐには感覚に上がってこない。ユウは不自然に冷静な自分に気づいた。目の前の石の陰で、ガルドが黙って自分の手を見下ろしている。

「触ってみろ」。ガルドが差し出した手には、包帯が少し巻かれていた。強い光の反射が、彼の瞳を鋭くした。「その感覚は危険だ。金を使ったら、すぐに戻れ」

ユウはもう一度、自分の掌を見た。皮膚の表面に小さな赤い線が付いていた。燃えた後の皮膚の匂いが鼻腔をくすぐる。普通なら、指先が震えて痛みに顔をしかめるはずだ。だが、痛みは遠く、手の甲のあたりにだけ鈍い温度の違いが残っている。彼はそれを認めようとしない自分を押し殺し、唇を噛んだ。

「大丈夫か?」ガルドの声が優しくも厳しかった。「手当てをしろ。このまま帰れば感染する」

ユウは首を振った。「いや、ここで見つけたものを持って帰らないと。ミナに見せるんだ。避難民たちが『静かな空』に騙されている証拠になるかもしれない」

ガルドはユウの肩を一度叩いてから、石の溝に身を寄せ、銅板の刻印を指先でなぞった。月光の下で、古い設計の線が読み取れる。円は王都の方向で終わり、周辺に小さな印──耳栓を配った記録のようにも見える細かな線が刻まれている。ユウはそれを見て、背筋が寒くなった。耳栓の多用と金の線の収束。二つの出来事が、ここで繋がる。

「これは……警報を遮断するための経路なのか?」ユウは言葉をこぼした。

「可能性は高い」とガルドが応じた。「王都は最初から、遠隔の警報を一元管理していた。だが、こんな風に収束させれば、任意に外の音を切ってしまえる。『静かな空』というのは理屈の上では美しい。だが実際にやると、地方の通報が届かない──それを利用すれば、都は地方の情報を選ぶことができる」

ユウは石畳に膝をついた。月光が彼の影を二つに割った。子どもたちの耳に押し込まれた耳栓と、この金の回路が結びつく。耳栓は人々に与えられた「安全の象徴」だったが、今は封印の道具であることが匂い立った。彼は胸の中の震えを押し込んだ。恐怖を確認する時間はない。守るべきものがある。

「持ち帰ろう」ガルドが言った。「ただし、記録は複写だ。原本は動かせない。ここを触った痕跡が残ると、王都の連中に目を付けられる」

ユウは頷いた。記録を持ち帰る。だがその前に、