花火師

花火師 第8話「第7章」

夜の風は、工房の小屋をくぐり抜けるときにも火薬の匂いを忘れなかった。芯に残る硝煙の甘さが、ユウの鼻腔にじっとりと貼りつく。彼は作業台に肘をつき、掌で焦げた試作品の欠片を回しながら、今したいことを頭の中で整理した。

夜の風は、工房の小屋をくぐり抜けるときにも火薬の匂いを忘れなかった。芯に残る硝煙の甘さが、ユウの鼻腔にじっとりと貼りつく。彼は作業台に肘をつき、掌で焦げた試作品の欠片を回しながら、今したいことを頭の中で整理した。

「材料を取り戻す。近隣に声をかける。職人たちに共同で作る方法を示す——それしかない」

だが目の前には、供給停止の通達紙が一枚、板張りの壁に釘で留められていた。王都の印章が鮮やかに押されている。配給は「王都管理の安全基準に適合しない工房には当面停止する」とあった。言葉は柔らかいが、意味は冷たかった。

「ユウ、どうするの? 本当に動けるの?」ミナが肩越しに訊いた。避難民区画の代表らしく、言葉は鋭い。眼の下に浮かぶ影が、一晩分の疲労を語る。

ユウは欠片を抱え直して答えた。「王都の許可を待っていたら、ここは持たない。材料が尽きれば、帰天祭どころか冬を越す備えすら作れない。だが、役人に頼るよりも、隣の工房と力を合わせる方が早い。分け前を提示して、共同で必要な部品を作れないか。資金じゃない、技術と手だ」

「でも、王都の監視がある。噂が立てば、手伝う者も減る」ガルドが窓辺から低く言う。元宮廷点火士の顔は硬い。彼は公的に名を剥奪された過去を持つ。王都の記録に名のある者が関われば、手伝いは危険だと職人たちは思うだろう。

リラは小さく笑った。手の先を指で弾くようにして、軽やかに音を模した。「音が怖いって子がいっぱいいる。耳栓を無理に取らせるのはよくないけど、音で安心する方法を見せれば、親の気持ちも変わるかも。私、合図のリズムを作ってみる」

ミナは険しい顔を柔らげる代わりに、地に足を踏んで答えた。「分かってる。でも、待ってばかりもいられない。子どもたちの食料が減ってる。風邪も出てる。材料が来ないと、暖を取るための簡易焚き台さえ修理できない」

ユウはテーブルの上に小さな灰皿ほどの金属筒を置いた。壊れた花火筒の一端だ。内側に線が走り、そこで彼は思い出すように指先をすべらせた。金の線。序章のころに見つけたそれは、今や彼らの不満を凝縮した象徴だった。

「ここにあるものを、そのまま見せれば十分かもしれない」ユウは低く言った。「でも示すのは技術だ。材料を減らして、概念を見せる模型を作る。欲しいのは『協力』だ。金は極力使わない。使えば痛みが遠のく。あのときみたいにはしたくない」

彼が指先を触れた箇所に、小さな赤い光が線を伝って淡く灯った。赤は熱。熱をわずかに残すだけで、金属の中の空気がほこっと膨らむ感じがした。青を添えれば、火の向きが制御される。金を絡めれば守りの感触が出るのだが、ユウは金を使う手を止めた。掌の付け根に残る、前の小さな火傷の痕が疼いたからだ。そこはほんのりと感覚が鈍く、手かせをしているようなことがあった。

「試作を見せるべきだ」とガルドが言った。「小さく、けれど確かなものを。彼らに『これなら仕事になる』と思わせれば、リスクを取る手が出る」

ユウは頷き、リラの方を向いた。「君の耳で、隣の職人たちの作業音を聞いてくれ。彼らのハンマーや火吹きのリズムに合った合図を作るんだ。音で合図を分ければ、王都の監視が来て混乱があっても、分業の輪が途切れにくくなる」

リラの瞳が輝いた。彼女は音を色として聞く。ユウの能力と相性が良い。彼女はすっと立ち上がり、工房の隅に置かれた古い巻き取リストを手に取った。「まずは連絡網を作る。私が音を採って、あなたはそれに色を合わせる。東の鍛冶屋は低い重いリズム、南の土産物屋は軽い拍子——それぞれに一色を割り当てると分かりやすい」

「でも、金を使わない分、守りが薄くなる。危険なこともある」ミナが即座に反論した。「ヴァルナ派に目をつけられたら、私たちの区画が標的になる。人が死ぬのは嫌だ」

「だから共同でやるんだ」ユウは声を強めた。「一工房の負担じゃない。分担をはっきりさせる。材料は機械的部品や形状の標準化で節約する。私が設計図をまとめる。ガルドは点火の管理手順を教えて、リラは合図を訓練する。ミナ、あなたは区画側の生活支援を束ねてくれ。皆で役割を分ければ、王都が『一人の違反』を理由に全部を潰すのは難しくなる」

ミナの唇が震えた。避難民を代表する彼女は、毎晩夢で子どもたちの顔が薄れていくのを見ていた。「分かってる。でも、声をかける相手が怖がる。あの人たちは家と稼ぎを守るために、選択を急ぐ。王都に睨まれて飯が途絶えるくらいなら、安全第一で黙るかもしれない」

「だったら、単刀直入に助けを求めに行くしかない」とガルドが言った。「王都の目を避けつつ、顔馴染みの職人を回る。噂で潰される前に技術を見せて、『これは危険を減らす技術だ』と納得させるんだ。私の名は使わない。必要なときは、君たちの名前で請け合う」

ユウはふと、自分の手を見た。右手の皮膚はすこし厚くなっている。そこに残るすり傷は、金の働きで痛みを感じにくくなった副産物だ。もし金を多用すれば、感覚はもっと遠のく。やがてそれは自分の身を傷つけることに気づかなくなるかもしれない。彼は固く唇を噛んだ。

「私は前線で大技をやらない」と宣言した。「設計と調整をする。点火の指揮を取るための手順表を作る。危険なら、私が手で直接金を繋ぐようなことはしない。使うべき時だけ、少量で手早く。だが技術の共有自体は、私一人でやらない。各工房が一色を担当する、という案を出す。赤は熱の管理、青は飛翔と方向、金は維持と監視——一色を各工房で責任を持つ。金は分割して初めて安全になる」

リラが頷き、肩越しに小さな箱を差し出した。中には、東の鍛冶屋が使う鉄片、南の土産物屋が作る紙筒、北の薬研で出た不純物のサンプルが詰まっている。沢山はない。どれも、王都の目に触れたら没収されるだろう。

「これを持って回る」ユウは言った。「模型と手順。小さなデモンストレーションを見せる。材料は節約して、分解して持ち帰れるようにする。職人たちが技術の価値を理解すれば、材料提供の見返りに人手や技術を出してくれる」

その夜、三人は集会の準備を始めた。古い木箱を机にして、ユウは紙に図を描き、ガルドが古い点火具の一つを分解して見せ、リラが音のリズムを口で真似た。ミナは外で、子どもたちの寝顔を短く覗き、何かを胸の内に決めたように戻ってきた。

「私も行く」彼女が言うと、三人は一斉に振り向いた。「避難民の窮状を、直接見せる。食料がこんなに厳しいのだと。返報としての労働力も出す。逃げない、ということを示すために」

「危険はある」ガルドが繰り返した。「だが、君がいることで説得力は増す。君の言葉は重い」

ユウは静かに、しかし確固として言葉を紡いだ。「行くなら、計画的に動こう。無断で回るのは駄目だ。話す順番と見せる物を決める。第一は顔馴染みの鍛冶だ。二番目は土産屋の親方。三番目は薬研だ。各々に短時間で必要なものを伝えて、見返りを明確にする。王都の圧力が強い今、『安全』を最優先の切り札にしよう。私たちは『祭り』を売るのではない。人々の生活を守る技術を売るんだ」

リラが紙に小さな丸を描き、そこに細い線を引いた。「音で呼びかける順番だよ。私がまず低いビートを出して、鍛冶に合わせる。鍛