騎士団の悪役令息は失踪した王女を探す

騎士団の悪役令息は失踪した王女を探す 第15話「第13章」

石造りの回廊は午後の光を受け、古い鉄の盾飾りが長い影を落としていた。革のブーツが大理石を鳴らすたび、遠くの鐘楼で誰かが薄く時を告げる。ユリオは肩に軽く掛けた黒いマントを押し戻し、会議室の重い扉を押し開けた。室内には四人が座している。中庸を旨とする伯爵夫人ミレーナ、騎士団長ローガン、宮廷の保守派領主カイセ、そして侍従のセルジュ。壁には若い王女の肖像画が掛けられ、淡い金髪と薄い笑みが薄暗い部屋の光を吸っている。

石造りの回廊は午後の光を受け、古い鉄の盾飾りが長い影を落としていた。革のブーツが大理石を鳴らすたび、遠くの鐘楼で誰かが薄く時を告げる。ユリオは肩に軽く掛けた黒いマントを押し戻し、会議室の重い扉を押し開けた。室内には四人が座している。中庸を旨とする伯爵夫人ミレーナ、騎士団長ローガン、宮廷の保守派領主カイセ、そして侍従のセルジュ。壁には若い王女の肖像画が掛けられ、淡い金髪と薄い笑みが薄暗い部屋の光を吸っている。

「来てくれたか、ユリオ。」ミレーナの声は低く、だが迎え入れる色を含んでいた。ローガンは顎を突き出し、鎧のかたちが椅子に不格好に食い込む。カイセは眼光鋭く、書類の端を指でなぞる。セルジュは椅子に沈み、じっと肖像だけを見ていた。老人の手は節だつ指が多く、皮膚は蝋のように薄かった。彼の掌が肖像の縁に触れた瞬間、ユリオはその手と絵の顔が一カットで重なるように見えた――古い記憶と今の現実が一枚のフィルムのように重なった。

「皆、現状は言うまでもない。王女の失踪。外へ出るための法的制約。騎士団は枷を負い、手は縛られている。」ユリオは短く話し始めた。彼の声にはいつも通りの乾いた確信があるが、その奥で微かな焦りが揺れている。「私が提案するのは“共訳”だ。古い制度文書の矛盾を、当事者全員の同意のもとで読み替える。騎士団の拘束を一時的に再定義すれば、捜索隊を編成できる。」

ミレーナが頷いた。「それができれば、外部の目を借りずに動ける。だが、賛成が全員から得られなければ意味がない。特にセルジュ殿のように、王女の誓いに縛られた者の同意は重い。」

セルジュは動かず、肩を震わせた。彼の声は紙のように薄く、しかし刃を含んでいた。「誓いは誓いだ。文書は骨のように硬く、我々はそれに肉を与えて守ってきた。今、勝手にその肉を削ぎ取るつもりか。あの子に対する約束を、誰が勝手に読み替えるというのだ。」

カイセの冷笑が室内に落ちる。「私も文書を守る。だが王室の秩序を破壊することは容認できぬ。共訳などという曖昧な術で法を弄すことは、より大きな混乱を招くにすぎない。」

ローガンは腕を組み直し、石の床に靴を擦らせた。「騎士団の規律は我々の命そのものだ。だが王女を取り戻すことは、恥でもある。どう動くかは指揮系統だ。……どれだけの同意が取り付けられる?」

ユリオは席につくと、手の中に巻かれた羊皮紙を指先でなぞった。古い条文の行間に指を滑らせるように読み上げる。共訳はただの言葉遊びではない。彼がこれまでに使ってきた技術――当事者の合意を文字に反映させ、制度そのものに別解を刻み込む交渉術だ。だがそれは必ず「全員の同意」を要し、強引に割り込めば代償が伴う。

「セルジュ殿、あなたはあの子の侍従だった。あなたの同意がなければ、共訳は意味をなさない。だが私は提案したい。騎士団の任務条項を一時的に読み替え、特定の二隊を王室保安の外へ出して捜索に当てる。安全と秩序は保つ。痛みを避けるつもりはないが、行動が優先だ。」

セルジュの指先が肖像画の縁をぎゅっと押し締め、爪の跡が白く浮いた。彼は声を震わせた。「約束を“読み替える”とは、あの子を文字通り再定義することだ。あの子が何を望んだかは、私が知っている。彼女は――彼女は自分で選べる人間だった。文面で縛ることは、彼女の意志を奪うだろう。」

部屋の空気が凍る。ユリオは、彼の言葉の核心を突かれたのを感じた。セルジュは王女を守り続けるという責務を肉体で背負っている。彼にとって、文書の不変性は愛情の形でもあった。

カイセが立ち上がり、手をテーブルに打ちつける。「いいか、ユリオ。貴様の“共訳”の話は道徳的に聞こえるが、そんなものが法を越えることは許されぬ。我が王権の代理である内廷の同意がなければ、いかなる読み替えも無効だ。」

ユリオの顔は緩まず、だが内心の時計が早鐘を打った。時間がない。王女はどこかで冷たい風に晒されているかもしれない。外の声援は遠く、彼の一歩は重い。彼は深呼吸をして、羊皮紙を胸の上に置いた。光が文字を照らし、細い影が行間に落ちる。

「分かっている。だが私はここで一つ提案をする。共訳は形式だけでなく関係性の再構築だ。もしあなた方が全員の同意を拒むなら、私は――」ユリオは言葉を止めた。一瞬考えがすれ違う。ルールは明確だった。共訳は当事者全員の同意を要する。逆に言えば、それなしに文面を変えれば、それは一方的に誰かの運命を決める行為だ。

胸の中で何かが冷たく鳴る。ユリオは手を差し出し、羊皮紙に触れた。周囲の空気がほんの少し重くなり、彼の手のひらに震えが走る。彼は一度だけ、使ってはいけない扉を叩いた――当事者の明確な拒否を押し切ってまで、運命を書き換えることを。

視界が少し滲み、羊皮紙の文字が波打つ。ユリオは古い言葉を口に出さずとも読み替えを試みた。彼の意志が文書に押し付けられ、文字列がぎこちなく滑り替わるように見えた。条文はひとつの解釈から別の解釈へと傾き、騎士団の拘束を一時解除する余地が生じた。ローガンの眉が跳ね、カイセの顔が青ざめた。

だが、その瞬間、ユリオの胸の内側で何かが折れた。硬い音が小さく響き、彼は息を呑む。右手の掌に暖かさが消え、指先に宿っていた軽い圧がぽとりと落ちた。彼がいつも小指に嵌めていた銀の印章指輪が、するりと外れて机の上に転がった。指輪の表面に刻まれていた家紋は、白い曇りで覆われていた――まるで一つの名前がそこで消えたかのように。

「何をした?」カイセの声が、紙の中の新しい行間をなぞる指の音と同時に冷たく響いた。

ユリオは指輪を拾い上げ、曇った顔を見つめた。熱い血が胸の中を駆け巡り、喉が締めつけられる。代償は、これまで言葉で聞いた抽象ではなく、現実の物品の喪失として表れた。彼は一つの選択肢を失ったのだ――家の紋章、相続の標章、その持ち物は今後、彼に法的な権威を与えないだろう。共訳の禁忌を破った代償として。

セルジュがゆっくりと立ち上がった。彼の顔には怒りよりも深い悲しみが宿り、しわだらけの手が肖像の額縁に触れる。近づくと、老いた掌と絵の少女の頬が重なるように見え、部屋の空気が震えた。「お前は、やってしまったのだな。」彼の声はただ一言だった。

ユリオは視線を逸らさず、答えた。「騎士団の一部を捜索に出す。今動かなければ、彼女はどこにいるかすらわからなくなる。私は……自分の代償を払った。」

ローガンが短く吐息をついた。皺だらけの顔に僅かな敬意の影が過る。「ならば部署を整える。我々は出る。ただし指揮は誰がとる?」

室内の視線が一斉にユリオへ向いた。彼の肩にかけられた“悪役令息”の烙印と、今失った印章の冷たさが同時に脳裏にのしかかる。彼は嵐の中心に立っていた。だがそのとき、セルジュの手が急に前に出て、テーブルの上に薄い布の包みを置いた。小さな黒いリボンが結ばれている。ユリオはそれが王女の愛用していた髪の飾りだと直感した。老人の指は震え、瞳には薄い光が滲む。

「これを彼女から託された。私がずっと守って来た。」セルジュの声は掠れていた。「彼女が消える前、私に言ったのだ。『もしもの時は、真実を見捨てないで』と。だが私には、誰かを導く資格がない。私は誓いを盾