海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する 第5話「第4章」
放送部の部室は、午後の陽光が斜めに差し込んで埃を金色に光らせていた。壁に貼られたポスターやスピーカーにかかった塩の粒が、海風の匂いを運んでくる。背後の窓ガラスを波が擦るような音が断続的に聞こえ、卓上に散らばるノートとコード類が小さな島になっている。
放送部の部室は、午後の陽光が斜めに差し込んで埃を金色に光らせていた。壁に貼られたポスターやスピーカーにかかった塩の粒が、海風の匂いを運んでくる。背後の窓ガラスを波が擦るような音が断続的に聞こえ、卓上に散らばるノートとコード類が小さな島になっている。
「視聴率がないと、この部は活動を縮小されるって先生も言ってたぞ」。古畑蓮は椅子に肘をつき、口を尖らせて言った。彼の声にはいつもより硬さがあった。机の上にはスマートフォンの画面が光り、再生回数の数字が赤く点滅している。
白雪は腕を組んで黙ったまま、海の方を見ていた。肩先に残る日焼けの線が、彼女の沈黙を際立たせる。湊はペンを握る手に力を入れた。胸の奥がざわつくのは、いつものことだ。期限つきで恋人役を引き受けている自分の仕事と、白雪の本当の気持ちとのあいだで、いつも風が吹いている。
「簡単だよ。イベント形式で時間を刻む。感動シーンは編集で作る。誰も傷つかないし、視聴者は喜ぶ」蓮は机の上に置いた企画書を滑らせるように押した。紙の端に書かれた文句は冷静で、実行可能性に重心がある。短い場面、早いテンポ、視聴者参加型の投票。白雪の一挙手一投足を切り取って出す案だ。
白雪はその紙を受け取った。指先が紙の端に触れると、湊は自動的に反応してしまう。共同制作のカメラ、台本、曲——自分たちが一緒に作ったものだけに残る痕跡を探る能力は、彼女の振る舞いから何を感じ取るかを決める手がかりになる。だが、それは同時に危うい。痕跡を「これだ」と決めつけた瞬間、見えなくなる。関係を急ぐほど、共同で作るものは壊れる。
「演出だって、本気の人は分かるよ」白雪の声は小さく、でも芯があった。「湊、あなたはどう思う?」
湊は言葉に詰まる。胸の中で、何かが重く軋んだ。自分の能力は確かなものを与えるのではない。彼女と自分が一緒に生み出した音声データやテープに残った呼吸や、手の触れ合いの細い痕跡を読み取ることでしか、白雪の心を近く感じられない。けれど読み取りは確信を与えない。確信を求めるほど、その足跡はぼやける。
「演出で消費される恋なんて、僕は——」湊は言葉を急いで放り投げるようにして、続けたが、喉の奥で言葉が引っかかった。「…分からない。でも、急ぐのは嫌だ。急いで視聴回数を稼いで、白雪をどこかに押しやるようなものなら、僕は賛成できない」
蓮は眉をひそめた。「じゃあどうするんだ。予算もない、時間もない。部の存続だってかかってる。君のやり方で、いつまでもいいものができるならいいけど、現実は違う」
「現実…」白雪は小さく笑った。「蓮、あなたは本当にそれが正しいって思ってる?」
蓮は一瞬、黙った。部室の空気が張りつめる。窓の外、遠くの堤防にいるカモメが鳴いた。彼の喉元を押さえるようにした声が漏れた。
「僕には目標がある。来年度の放送祭で上位に入れば、部の活動費が増えるっていう保証が校内から出るんだ。母さんの仕事も不安定で、ここの機材だって古い。切り詰めるしかない。でも…やり方が悪いのは分かってる。だけど、何もしなければ全部消えるんだ」彼は机の上のスマホを見つめたまま、声を震わせた。攻撃的だった彼の表情が、そこにだけ見えない痛みを露わにした。
湊はその胸中を知って、心が少し痛んだ。蓮の言う制度的な圧力——部の存続条件、数値で示される価値観——は確かに外から来る敵だ。だが、彼自身の恐れもそこには絡んでいる。湊は、自分が白雪をどう保ちたいかを測るとき、選択を相手のために封じていないだろうかという怖さを持っていた。
「じゃあ代わりの案がある」湊は考えを纏めるようにして言った。声は静かだが、周りは耳を傾けた。「短期で数字を稼ぐのは、蓮の言う通り簡単かもしれない。でも、僕たちにしか出せないものもある。『共同制作』を増やすんだ。白雪と僕が、本当に一緒に作る時間を増やす。小さな映像でも音声でも、何度も手を入れる。視聴者に届くまでに時間はかかるかもしれないけど、そこで得られる痕跡は偽れない」
「時間、か」蓮は渋い顔をした。「でもその時間があるなら、もっと効率的に撮れるんじゃないか?」
「効率と、真実は別の話だ」白雪が言った。抑えた声には決意があった。「私たちのやり方で見せるって決めたら、私も協力する。けど、偽物を作るぐらいなら本当に何もしない方がいい」
そこから、短い合意が生まれた。蓮は不承不承ながらも案を引っ込め、湊は白雪と一緒に「共同制作」のスケジュールを組み始める。時間を作ることが勝利の一歩だと湊は思った。小さな勝利が、部員の顔に一瞬の明るさをもたらす。
勝利は脆い。勝利はすぐに代償を要求した。
翌日の夕方、湊と白雪は部室で一緒に短編のラジオドラマを作っていた。共同で作ったとはいえ、初回は不安でぎこちなかった。湊が持ってきたマイク、白雪の詩的な台詞、二人で選んだ効果音——すべてに少しずつ手を入れる。湊は息を整え、声のトーンを下げる。彼らが一緒に作ったファイルを保存すると、湊の能力は微かに働いた。共同制作に残る痕跡が、柔らかな温度を持って震えた。胸が温かくなるような感触。短い笑いの残響。白雪のささやきの余韻。
湊はそれを確かめたくなった。確かめてしまえば、白雪の心がどれほどこちらに向いているか分かるのに——という誘惑が胸を掠める。彼は「これは仕事だ」と自分に言い聞かせ、しかし指先はファイルの波形を追った。痕跡を「これだ」と決めつけた瞬間、波形が薄れていく感触が手に伝わった。まるで霧が指の間を通りすぎるように、温度は蒸発し、残響は凪いだ。
「どうしたの?」白雪が肩越しに覗き込む。湊は慌てて画面から目を逸らした。胸の内の血の流れが急に冷たくなった。焦りが芽生え、彼は次の手で痕跡を強く追おうとした。
その瞬間、スピーカーから高音のノイズが裂けるように鳴り、保存していたファイルがエラーを起こした。再生は途切れ、波形は乱れ、編集ソフトの画面は真っ白に戻る。白雪の顔がパッと青ざめる。湊の胸が締め付けられ、頭の奥が割れるような痛みを感じた。能力を力によってねじ伏せようとした代償は、共同制作そのものの崩壊だった。デジタルファイルの一部が壊れ、第二回目のテイクはもう戻らない。
「湊……」白雪の声は震えていた。彼女は机に手をつき、唇を噛んだ。信頼の綻びが目に見えるほどに広がる。湊は謝ろうとしたが、言葉が出ない。頭の中で、何度も自分の手が痕跡を追い求めた映像が再生される。決めつけの瞬間に見えなくなるという警告を、自分で侵したのだ。
蓮がドアを開けて部室に入ってきた。「どうしたんだ、大声出して」彼は乱れた画面を見て、眉間に皺を寄せた。事情を聞くうち、蓮の表情は複雑になった。湊は顔を上げ、蓮の目を見つめる。責めるような視線はなかった—ただ、理解と苛立ちが混ざったものだった。
「君がやり方を変えるって言ったから…」蓮は呟いた。「でも、やり方を変えるってことは、失敗も受け入れるってことだ。結果が出ないこともある。それでもやるかどうかを決めるのは、部員全員だ。僕も…僕も間違ってたのかもしれない」
その夜、湊は自分の部屋でうずくまっていた。頭の奥の痛みは薄れていたが、胸の中に残る焦燥は消えない。白