海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する

海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する 第4話「第3章」

午後の光が薄く伸び、窓ガラスに海の蒼が映り込んでいた。編集室の中は機材の熱と古い校舎のにおいが混じり、テーブルの上には湊の指紋がついたヘッドホン、白雪が選んだ紙の切れ端、そして二人で作ったラジオ予告編の微かな湿り気を帯びたUSBメモリが置かれている。外からは潮の匂いと、誰かが自転車のベルを鳴らす音。校舎の奥で生徒の足音が連なり、掲示板の紙が風に揺れる気配が、ファインダー越しにも伝わった。

午後の光が薄く伸び、窓ガラスに海の蒼が映り込んでいた。編集室の中は機材の熱と古い校舎のにおいが混じり、テーブルの上には湊の指紋がついたヘッドホン、白雪が選んだ紙の切れ端、そして二人で作ったラジオ予告編の微かな湿り気を帯びたUSBメモリが置かれている。外からは潮の匂いと、誰かが自転車のベルを鳴らす音。校舎の奥で生徒の足音が連なり、掲示板の紙が風に揺れる気配が、ファインダー越しにも伝わった。

湊はカメラを肩にのせたまま、ファインダーを覗いた。視界は狭くなるが、細部が鋭く浮かんだ。掲示板の端に貼られた小さな紙が、波紋のように他の張り紙を揺らす。文字が並び、写真が貼られ、誰かが描いた小さなハートマークが列を成していた。その一つが、いま学内で囁かれていることを示す潮の一粒のように見えた。

「校内で、もう話題になってるよ」笹原が編集室のドアを半分だけ開けて顔を出した。髪はまだ濡れていて、笑うと歯茎が少し見える。いつも一発で解決法を探す男だ。手にはスマホを握りしめている。

白雪はモニターの前で静かにメモをめくった。その指の先に微かに震えがあったが、声は落ち着いていた。「あんまり大きくなるのは、怖いです」

「でも、これを利用すれば部の注目度は一気に上がる」笹原が肩を入れてくる。声は弾んでいるが、目は真剣だ。「スポンサーだって寄ってくる。大会の旅費だって、学校の優遇だって、全部解決する一手だよ」

湊は視線を戻し、USBメモリを手に取った。金属の冷たさが掌に伝わる。あの予告編には白雪と自分が共同で詰めた空気が刻まれている。彼の能力は、そうした共同制作物に残る“痕跡”を断片的に読むことができる。しかしそれは生の思念を掬い上げる器ではなく、二人の交差した行為がこそぎ落とした残りかすのようなものだった。

湊はその痕跡に触れてみた。耳に残るのは白雪の息遣い、最後の編集で彼女が笑った低い笑い声、そして彼女がどうしても外に出さなかった言葉の断片だ。だがそれは、いつも欠ける。全体は見えない。湊が「もしこうだろう」と先走って確信に満ちた結論を抱くと、痕跡は薄れていく。決めつければ決めつけるほど、向こう側の色はあせてゆく。昨夜も、焦って白雪の"期限"を読み切ろうとしたとき、最後に残っていた温度が走馬灯のように失われた。頭の奥が冷たくなり、見えたはずの言葉が塵になった。

「利用しない」湊は短く言った。声に甘さはなかった。編集室の空気が少し引き締まる。

「でも、部が消えるかもしれないぞ」笹原が割って入る。「俺たち、必死なんだ。白雪だって、湊だって、放課後に海まで来て編集してるだろ。そんな努力を無駄にする気か?」

白雪は顔を上げ、湊の方を見た。海を思わせる淡い瞳には、決して壊れないようにしまおうという意志があった。「私、噂で得をしたくないんです。あの噂が私の“期限”を早めるなら、嫌です。湊さん、私のことを…推し変にされるのは、いやです」

推し変—流行りの言葉の響きが湊の胸を刺した。噂や評価で人が消費される瞬間が、確かにある。白雪の言葉は、彼が何よりも守りたかったものを指していた。

「じゃあどうするんだ」笹原が苛立ちを口にする。「正義だけじゃ飯は食えない。部の存続って現実問題だろう?」

そのとき、編集室の隅から低い機械音がした。ミサキがイヤホンを片耳にして画面を睨んでいる。いつもは無表情だが、今日は眉間に筋が寄っていた。「校内の掲示板のデジタル版、ちょっと盛って転載すればいいだけ。見出しをつけて、再生数に火をつける。部活の視聴率が上がれば、学校も動く」

湊はミサキの画面に映るページを見た。そこにはすでに短い(しかし編集の上手い)切り抜きが流れている。切り抜きは白雪と自分の笑い声だけを連ねて、あたかもその瞬間がすべてであるかのように見せていた。だがその切り抜きは、白雪が編集で差し入れた小さな沈黙や、白雪が原稿を直した微かな呟きを切り捨てている。共同で作ったものの意味の一部を、無理やり引き出して並べているだけだった。

湊は重い息をつき、USBメモリにそっと手を添えた。指先に残る温度は、今はもうわずかだ。彼の能力は共同制作物に依る。だが同時に、その作品が誰かの都合で改変されると、痕跡は乱れ、読めなくなる。ミサキが一度に「こう見せよう」と決めてしまえば、湊の読み取る対象そのものが剥がれてしまう。加えて、湊が先に結論に達しようとすると、その結論が痕跡を消す。まるで現実の可能性を固める行為が、透明な膜を破るように。

「お願い、白雪のためにもこれを使わないでほしい」湊は声を震わせた。自分でも驚くほど感情が込もっていた。「噂が誰かを決定させるのは、彼女の選択を奪うってことだ。君たちにはわからないかもしれないけど…」

笹原が腕を組み、挑むように湊を睨む。「わかるよ。でも、選択を残すことは、保護だけじゃない。支援の手を打てるのも俺らだ。票を集めて、予算を取りにいく方法だってある」

白雪は窓越しに海を見つめ、唇を噛んだ。静かに、だが確かに口を開いた。「私は自分で決めたい。けれど、何もしないで守られるのは嫌。利用されないで、守られるなら…私も、動きます」

その言葉に、湊の手が硬くなる。白雪はいつでも主体的だった。彼女の「期限」は彼女の事情であって、湊が勝手に決められるものではない。だが誰かが裏から動いて“外圧”を作ると、白雪の意思も揺らぐ。だから湊は、噂を利用することを避ける結論を選んだ。

部屋の空気が緊張したまま少し沈んだ。誰もが次の一手を見ている。そこで、ミサキが小さく肩をすくめ、スマホの画面を操作した。

「でもさ…」ミサキの声は露骨に諦めがちだ。「先に上がっちゃったら、後で取り返すこともできるし。試しにちょっとだけ、誰がどう反応するか見せたら…」

その“ちょっとだけ”が、実行された。編集室の外で誰かの指が触れたのか、学内の掲示板のデジタル掲示板に、短い切り抜きが転載された。湊はカメラの視界を通して、掲示板の表示が一瞬だけ震え、画面の隅に「再生回数:1,402」と赤い数字が点滅するのを見た。瞬く間に数字は増えていく。雑談が波になって廊下を走る。掲示板の紙が物理的に震えたように見えた——ファインダーの中の現象は、外の世界の噂が実際に波を立てていることを示している。

湊は慌ててUSBメモリを引き寄せ、外部接続を断とうとした。が、その瞬間、画面の切り替えで白雪の編集した静かな繋ぎ目が失われ、代わりに大袈裟な笑い声の重ねが乗ってしまった。湊の胸底にあるものが、ゆっくりと引き剥がされるような感覚が走った。視界の端で、白雪の息遣いの断片が消え、代わりに誰かの盛り上げる声が重なった。

痛みに似た冷たさが頭を過ぎり、湊は視界を逸らした。指先が震え、脳裏に白いノイズが踊る。痕跡が濁り、読めなくなる代償が起きた。湊がそれを無理に押し戻そうとすればするほど、見えるものはさらに遠のく。まるで、予め定めた形に現実を押し込めたことで、情緒の繊維が断ち切られたようだった。

白雪が立ち上がり、湊の側に来た。彼女の目には怒りと悲しみが混ざっている。「勝手に…私の声を変えないでください。私たちが、作ったものを、勝手に変形してしまうのは…」