海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する

海辺の放送部で期限つきの恋人役は別々の未来を応援する 第6話「第5章」

編集室の窓は、薄く白んだ朝の海を一枚の写真のように押しつけていた。波が岩を舐める音と、遠くで鳴くカモメの声が、午前の静けさを壊さないように小さく、律義に響いている。机の上には一晩中回った硬いコーヒーの残りと、湿った防寒手袋。そして、二台のモニターが並んで、今まさに生まれようとしている番組を映していた。

編集室の窓は、薄く白んだ朝の海を一枚の写真のように押しつけていた。波が岩を舐める音と、遠くで鳴くカモメの声が、午前の静けさを壊さないように小さく、律義に響いている。机の上には一晩中回った硬いコーヒーの残りと、湿った防寒手袋。そして、二台のモニターが並んで、今まさに生まれようとしている番組を映していた。

「ここの繋ぎ、もう一度だけ確認していい?」白雪(しらゆき)が立ち上がって言う。唇の端にまだ塩の結晶が残っているように見えた。彼女は今日も、傍らのカメラバッグから乾いたフィルムノートを取り出す。手のひらの線が海風で赤くなっていた。

湊(みなと)はイヤホンを耳に押し込み、波の音が入ったトラックをゆっくりと絞った。画面には、先日の取材で撮った老漁師・堀口さんの横顔のクローズアップが流れる。夕陽に照らされた皺の一本一本が、まるで時間が刷り込まれたように鮮明だ。二人で撮った映像だけがもつ、あの微妙な余白が湊にはわかった。それは彼の能力、共同制作に残る「痕跡」だった。

痕跡は色や匂いではなく、編集の空隙に残る「行間」のようなものだ。湊はそれを感じ取ると、モニターの前で指先を軽く宙に置く習慣がある。今日も無意識にそうしていた。白雪が撮ったワンショットの端に、軽く吐いた息の温かさのようなものが残っている。彼女がカメラのファインダー越しに笑ったときの、ほんの短い震え。湊はそれを読む――しかし、読むのと決めつけるのは違う。彼が体得しているルールはいつも冷たく明確だった。痕跡を「これだ」と確定してしまえば、見えなくなる。それは経験則だと頭ではわかっている。心がそれを凌駕し始めると、共同制作そのものが壊れる。

「ここ、堀口さんが海を見ているショットに、あなたのナレーションを被せるのはどう?」白雪が提案する。声が少し高くなる。二人で作り上げた時間は、その場の匂いや体温を宿す。湊は白雪の提案に頷き、ナレーションのタイミングを示した。彼は痕跡を感じるが、言葉にはしない。彼女の選択を遮ることで、共同制作は保たれる。

だが、保つためには代償がある。制作時間を延ばし、睡眠を削ること。白雪は昨夜も浜辺で素材を整理していたし、湊は手がかじかんで感覚が鈍るのを耐えていた。共同制作を急ぐと、素材が脆くなる。昨夜、取材の終わりに急いで撮った二つのショットが、編集で妙なノイズを出していた。湊がそのノイズを指で追うと、短い波紋のように映像が震え、編集点が一瞬だけ欠けた。二人で作らなければ残らなかったはずの痕跡が、そこだけ薄く、削げ落ちていた。

「やっぱり、ここはリテイクするしかないか」白雪が静かに言った。彼女は画面をじっと見つめ、指先で再生バーを押した。湊は手元のコーヒーを飲もうとするが、舌先に苦味が残っているのを感じてやめた。痕跡を守るために、二人はまた浜辺に戻らなければならない。小さな犠牲だ。だがその「小さな」は、彼らのリズムを少しずつ擦り減らす。

編集室のドアが軽くノックされ、入ってきたのは生徒会役員の坂東綾(ばんどう・あや)だった。彼女はクリアファイルを抱え、顔はいつになく硬かった。窓の外の海色を衣服のようにまとっているけれど、指先は冷たく机の端を握っていた。

「放送部の番組、見ましたよ。地域の人たち反応いいみたいですね」坂東はまず言った。その声は真っ直ぐで、心の折れ目を探すようなものはない。「だけど、保護者から苦情が来ています。『個人的な関係が映っている』と。施設の冠スポンサーも不安を示しているそうです」

白雪の目が瞬時に細くなった。湊は胸の奥が締めつけられるのを覚えた。波の音がモニターのスピーカーから流れているだけに、外の世界の雑音がぐっと近く感じられる。

「私はただ、堀口さんの話を聞いてほしかっただけで……」白雪の言葉は震えていた。しかし、彼女はすぐに自分を立て直す。唇を嚙み、淡々と続ける。「個人を売り物にするつもりはありません。私たちだって、演出で誰かを傷つけたくはない」

坂東は頷くと、クリアファイルを二人の前に置いた。そこには「放送内容審査申請書」と書かれたフォーマットが入っている。事前の台本提出、撮影前の承認、放送後のアーカイブ提出。形式は細かく、学校側の責任回避の匂いがぷんとする。

「うちも過去に問題があったんです」坂東は少しだけ目を伏せた。湊はその一瞬の軟化を見逃さなかった。彼女の声は、規則を語るときにだけ冷静さを装っていたわけではなかった。「私の姉が、部活動中の発言で学校が炎上したことがあって。家族がつらい思いをした。私は、それを繰り返したくないんです」

敵は必ずしも意地悪な顔をしているわけではない。坂東は制度の守り手であり、守ることで誰かを守ろうとしていた。彼女の戒めは、過去の痛みに根差している。湊はそれを理解した。理解するほどに、彼の胸の中に冷たいものが落ちる。

「でも、審査が増えれば、私たちの自由に作る時間は減ります」白雪が言った。声のトーンは低いが諦めではない。「放送部は、現場で起きる小さな奇跡を拾う場です。事前に全部決められたら、そういう瞬間は逃げてしまいます」

坂東は黙ってファイルを閉じた。やがて、ぽつりと言った。「でも、それで誰かの人生が壊れるのなら、私は見過ごせない。だから、両方守る方法を探したいんです。放送部の現場と、外の人の安心。あなたたちのやり方を守りたい。だけど、学校が責任を問われることになれば、私も動けません」

その言葉は攻撃ではなく、協議の申し出だった。だがそれは同時に、制約の提案でもある。湊は白雪の顔を見た。白雪の目には迷いが滲む。彼女は共同制作をしたい。だが守られる側の人間も、選ぶべき権利を持っている。坂東が言う「守備」は、彼女の自由を奪うものではないか――湊の頭の中は小さな波紋でいっぱいだった。

そこへ、放送部の先輩であり、隣のジャーナリズム部の斎藤(さいとう)が入ってきた。彼は若干の利得を求める匂いを纏っていた。斎藤は画面の再生を一瞥し、にやりと笑った。「これ、もっと前面に『二人の関係』を出せば視聴数伸びるよ。金もついてくる。学校の文句は先にスポンサーと話つければいいんだよ」

その言葉に白雪の肩がかすかに揺れた。湊は胸の奥で何かが鳴った。斎藤の提案はシンプルで魅力的だ。だが、彼らの作るものが誰かの恋路や痛みを消費するものになってしまう可能性も孕んでいる。湊は痕跡の扱いについて再び心の中でルールを繰り返した。決めつけるな、急ぐな。だが心は白雪を守りたいと言い出した。

小さな勝利は、予想外のところから来た。放送部の番組は地域の商店街の店主たちの間で評判になり、有志の募金で堀口さんの小さな修理費が集まった。放課後に届いたメールには、堀口さんの孫からの「ありがとう」と、店先に貼られた小さな寄付の張り紙の写真が添えられていた。白雪はメールを読んで目を潤ませ、湊の手を一瞬だけ掴んだ。二人の手が触れた時間は短かったが、確かにそこに温度があった。

しかし勝利の影には、代償があった。放送直後のコメント欄は、堀口さんの話よりも二人の関係に視線が向けられていた。「演出だろ」「付き合ってる?」といった短い文が続く。匿名のアカウントの一つが、白雪の写真を拡大して「