光を偽る占い師は夜明けを疑う 第19話「第17章」
暁灯塔の光は、朝のそれを真似ていた。白みがかった黄色が石畳を薄く撫で、窓辺に座る人々の影を長く伸ばしている。だがその光は朝日と違って温度を持たない。触れると冷たく、風鈴の音を濁すような低いうなりを発していた。
暁灯塔の光は、朝のそれを真似ていた。白みがかった黄色が石畳を薄く撫で、窓辺に座る人々の影を長く伸ばしている。だがその光は朝日と違って温度を持たない。触れると冷たく、風鈴の音を濁すような低いうなりを発していた。
「ここが……灯りの中心ね」
レイナは塔の根元に集合した群衆を見下ろした。薄絹のように均されたいくつもの顔。そこには決意もあれば、怯えも、諦めも混じっていた。隣でミラが肩に手を置く。彼女の掌は冷たいが、震えはしていなかった。
「村長のヨレルが、あなたに会わせると言ってた。記録用に、皆の証言を束ねてほしいって」イザヤが低く言う。元傭兵の瞳は警戒を緩めない。
「束ねるというのは、いつものあれですか」ミラの声は静かだが厳しい。「全部の痛みを一つにする。だけど代償がある。あなた自身が薄くなるって、分かってる?」
レイナはうなずいた。胸の奥に鋭い小石があるように重い。能力の輪郭がそこにあった。呪いが見せる残酷な真実を、当事者の証言として一本に繋げる。彼らの見たものを皆で同時に見るようにする。だがその行為で彼女の記憶は削れていく。残したいものほど消えていくという、残酷な条件。
「私は……夜明けを疑う」レイナは低くつぶやいた。そう言えば、彼らは朝の価値を選べるのではないか。だが言葉は風に溶け、目の前の人々の顔が揺れる。
村長ヨレルは腰を折って迎えた。年は五十を越えている。額に深い皺があり、その皺が灯りに白く浮かぶ。彼の指先には、奇妙な紋章の入った金属片が巻かれていた。暁灯の管理に使う鍵の一部らしかった。
「レイナ殿。これ以上、偽りに頼るわけにはいかん。だが、一日で皆を変えるのは無理だ。まずは証言を、正しく外へ――」ヨレルが言葉を続けようとした時、後ろの少女がすすり泣いた。細い手で胸を押さえるようにして、燃え残りの燭台の縁に指をかけていた。
「私の――夢を、灯りに取られたの」少女の声は震え、その瞳は濁っていた。「あの日、息子が死んでから、灯りを点けたら、彼が戻ってきて笑ったんです。夜が怖くなくなった。けれど、朝を見たくなくて……目が、覚えてないんです」
そのとき、レイナの胸に違和感が刺さるように走った。記憶の一部が紙屑のように剥がれ落ちる。ほんの短い間、彼女は自分の母の顔を思い出そうとしていたが、辺縁がぼやけて消えた。口の中に鉄の味が広がる。
「準備はいいか?」イザヤが背後で小声で言った。
「ええ」レイナは答え、ゆっくりと両手を広げた。掌の内側に、冷たい光が浮かぶ――自身の呪術が視覚化されたものだった。薄い網のような模様が指先から伸び、空気の中で震える。彼女は村人たちに目を向け、そこにある記憶を一つずつ引き出していく。失った夢、消えた顔、叫び、嘆き、あらゆる断片を。
最初に集められたのは、老婆の言葉だった。「暁灯がなければ、夜に狼が来る。子供をさらわれる。夫は戦で死んだ。灯りが彼の帰る道を示してくれる。」次に、鍛冶屋の息子の、短い告白。「光が笑うんだ。人が自分の名前を呼ぶと、光が同じ音を返してくる。でも僕はそれが怖い。自分が誰かを忘れそうで。」
言葉は網にかかり、透明な糸となって交差した。レイナはそれらを内側で撚り合わせる。束ねた真実が一つの映像へと凝縮され、塔の中で風が凪いだように静まり返る。村人たちはその映像を共有する。皆の目が青く光り、同時に皆がそこから目を背ける。
映像は決して優しくなかった。偽光がどのようにして生まれ、すすり泣きのように人々の記憶を吸い上げ、囚人のように朝の温度を奪っていく様子が、鮮烈に浮かび上がる。生き物が光の中で痩せ、名前が白く剥がれていく。誰かの笑顔が透けると同時に、別の笑顔が暗転する。
「やめろ!」一人が叫ぶ。映像の一部に、暁灯が人の心を選別する場面があった。選ばれた者は安息を得るが、その他は忘却の渦に呑まれる。少女は自分の息子の名を探すが映像には既に空欄が残るだけだった。
束ね終えた瞬間、レイナは激しい痛みに襲われた。頭の中で何かが割れるような音。掌から流れ落ちた冷気は、彼女の胸を貫いて、心の中の写真を一枚一枚吹き飛ばした。気付けば、隣にいるミラの顔の一部分が、彼女の記憶から抜け落ちている。名前の響きがふっと消え、代わりに空白がある。彼女はその欠落に驚いて、手を伸ばす。
「ミラ?」レイナが尋ねる。だが口の中にあるべき言葉は出てこない。ミラは唇を噛み、顔を歪めた。
「今、あなたの中の私の一部が薄れた。けれど戻る。焦らないで」ミラは軽く言って、レイナの肩を強く抱いた。その触覚がレイナには温もりの証だったが、同時にそれは彼女の胸に新たな穴を刻んだ。
だが、最悪の事態は束ねる行為そのものがもたらした反動だった。暁灯塔は反応した。束ねられた真実が光の吐息に触れた瞬間、塔の内部から低い唸り声が立ち上る。ガラスの内側で光の芯が波打ち、白の中に黒い煙のような影が混じった。塔がまるで呼吸をするかのように膨張し、影が窓の隙間から滴り出す。
「増幅してる!」イザヤが叫ぶ。彼は咄嗟に刃を抜き、村人たちを後ろへ押しやった。影は地面を這うように拡がり、足首にまとわりつき、触れた者の皮膚をひんやりと痺れさせる。影はただの暗闇ではなく、選択の痕跡を喰らうものだった。
「暁灯は……救済を強制されたと感じると、自己防衛するんだ。記憶を奪ってでも、生態系を守ろうとする」ハルが震える声で言った。若き技師の額は汗で濡れている。彼は塔の基部に取り付けられた金属板に目を凝らしていた。その板には、薄く刻まれた紋があった。四つの弧が交差して星のように見える紋章。それは王都で見た記号と酷似していた。
「王の紋?」ヨレルが息を呑む。「そんなはずは――」
「違うわよ、ヨレル」一人の村人が嗄れ声で言った。「王は遠い。けど、王の名で光が張られ、私たちの朝が作られた。私たちは選べないと教えられた。灯りが守る。灯りが報いる。だから誰も死なないと言われた」
村人たちの中に、レイナは意外な決断をする者を見た。若い男、ユーリ。妻の写真を胸に抱いていた彼は、震える手で写真を差し出す。「妻の最後の笑顔は、この灯りと一緒にあるんだ。彼女を失うことが怖い。記憶が奪われるのは嫌だ。でも、あの夜の温もりだけは……」
彼は自分の意思で、光を守る側に立つ道を選んだ。誰も強制はしていない。レイナは彼の瞳を見て、選択の重さを理解した。呪いは単なる外敵ではなく、選択の構造でもある。人々はいくつもの不幸から逃れるために、偽りの光を選んだのだ。
「レイナ、止めるべきだ」イザヤが短く言った。彼は塔の外壁に積まれた石を持ち上げ、影を払いのけるように投げた。石は黒い塊に吸い込まれ、表面が膨れ上がって不気味な音を立てて消えた。だがそれでも影の勢いは衰えない。
レイナは再び手を伸ばした。束ねた映像が村人たちの中で揺れ動き、子供の耳に刺さるほどの真実を吐き出している。彼女はこの光を暴く映像をもっと広げたいと思った。皆に、選択の余地があることを見せたかった。だが心の片隅で、彼女はすでに幾つかの大切な像が風に吹かれて消えたことを感じていた。
「救済を強制することは、呪いの増幅に直結する」ミラの声が遠くなる。彼女は自分