夢を税にする司祭は愛した人を裁く

夢を税にする司祭は愛した人を裁く 第9話「第8章」

蝋燭の炎が揺れる聖堂は、夜の冷気を抱えたまま微かに息をしていた。石畳に落ちる影が長く伸び、祈像の眼差しが静かに訝しげにこちらを見下ろす。祭壇前の木製の長机に、三つの物体が乱雑に置かれていた。篠崎の巻いた青い図面、高梨の差し出した灰色の帳簿、碧井ルウが背負って来た革袋から立ち上る甘い煙——露店の蜜煮の匂いに混じって、どこか鉄のような生温さが鼻腔を掠める。

蝋燭の炎が揺れる聖堂は、夜の冷気を抱えたまま微かに息をしていた。石畳に落ちる影が長く伸び、祈像の眼差しが静かに訝しげにこちらを見下ろす。祭壇前の木製の長机に、三つの物体が乱雑に置かれていた。篠崎の巻いた青い図面、高梨の差し出した灰色の帳簿、碧井ルウが背負って来た革袋から立ち上る甘い煙——露店の蜜煮の匂いに混じって、どこか鉄のような生温さが鼻腔を掠める。

「遅かったな、篠崎」一ノ瀬直人は手を染めた聖布で指先を拭いながら言った。聖堂の空気は、彼が「結帯」を行うときに必要な静寂を抱え込んでいた。結帯は、被徴収者たちが見た夢の断片を、当事者自身の証言として縫い合わせる術式だ。真実を編むほど、術者の私的な像は薄くなる。直人はそれを知っていた。だからこそ、今日集まった証言は重かった。

篠崎和真は図面を机に広げ、角の埃を指で払った。図面は紙ではなく薄い羊皮で、王権直属の徴税部局が使う補償設計図面と矢印で示されている。印刷ではなく、誰かの手で描き写された跡があった。油のような匂いとともに、古い鉄の匂いが立った。

「補償は見せかけなんだ。ここにある『救済措置』の列は、夢を奪ったあとに付与される"使用権"の整理だ。要するに徴税で得た夢を誰にどれだけ流すか、正当化するための設計図だ」と篠崎は冷たく言った。彼の目の端に、戦場で鍛えられた鋭さが残る。

高梨えりなは帳簿をめくって見せる。手首の青い痕が帳の縁に擦れ、紙の擦れる音が小さく部屋を満たした。「改竄の痕跡がある。行先の欄に微細な塗り替え。被徴収者の識別番号が、特定の施設コードに変えられている。ここ――」彼女は一ページを指差した。「ミサキの名前が、正式な記録にそう刻まれている。それがただの人名だとしても、裏にある符号は徴税局の『集中搬送計画』と一致する」

直人の心臓が、ひとつ高鳴る。ミサキ――その名を呼ぶと胸の内側で何かが温かく震えるはずだった。しかし言葉は、薄い雲の向こうになりつつあった。彼はその震えの正確な形をつかめないまま、指先だけで帳簿の縁を触った。

「地下市場はここだ」とルウが袋の中から小さな紙切れを取り出した。真っ黒に指先を汚したインクで、路地図が走るように描かれている。ルウは笑って見せたが、その笑顔の端に疲労が光る。「夢の流通経路。抜け道を見つけた。徴税局の許可経路を通して出回る夢と、闇市場で分岐するところ。流れを切れば、税そのものを崩せる」

三人の証言はそれぞれに有効で、同時に危険を孕んでいた。直人はそれらを結び合わせることで一つの"真実"を形にできる。だが結帯のたびに、ミサキの輪郭は少しずつ薄くなる。彼は知っていた——力の条件は不完全で、代償は容赦なく現実に刻まれる。

「結ぶか?」篠崎が尋ねる。彼の声は淡々としているが、決意が滲んでいた。行動の速さを望む軍師にとって、明確な証がないままの時間は許されない。

直人は頷いた。指先に冷たい汗が滲む。祭壇横に置かれた聖杯に手を伸ばし、ルウが持ってきた夢片を少量取り出して杯に落とす。夢片——小さな硝子瓶に収められた、人々の見た断片が揺れる。瓶の内側に被写体の息遣いが固まって、光を偏向させる。匂いは記憶に似て、しかしずれている。

直人が呪文のように低く唱えると、聖堂の空気が逆巻いた。蝋燭の炎が一斉に細く伸び、彼の周囲だけが時間の流れを変えた。篠崎の図面の線が黒い糸のように伸び、えりなの帳簿の文字が小さな点になって彼の視界に落ちる。ルウの紙切れからは、路地を走る人々の足音が薄く重なる。

縫い合わせが始まると、直人の胸を針で突くような痛みが走った。熱い味が口に広がり、舌の奥に消えない鉄の味が残る。映像が彼を襲う。篠崎が戦場で見た補償の説明会、えりなが帳簿に指で書き換えを見つけた瞬間、ルウが地下の露店で夢を札束と交換している風景。断片は鮮烈で、生身の証人がその場にいるかのようだった。

結帯は成功した。三つの証言は絡まり、ひとつの輪郭を作り上げる。だがその輪郭は、誰かの顔の輪郭を食って成り立っている。直人の胸から、柔らかなものが剥がれていった。最初はわずかな違和感。ミサキが好んで着ていた薄い藍色の襟の感触が、指先の奥で頼りなく揺れる。次に、彼女が笑ったときに小さく上がる鼻の皺、彼女が寝ながら歌った子守唄の一節——それらがフィルムのように、静かに擦り切れていく。

「直人、顔が変わってる」ルウが囁く。言葉は助けではなく、確認だった。えりなの表情も硬い。

直人は頭を振った。痛みが増す。彼は結帯をやめることができたはずだ。だが机上に現れた輪郭は、ひとつの証言として人々の前に出せば、徴税局の汚職を証明し得る威力を持っていた。「これがあれば、彼らの補償設計の偽装を暴ける」と篠崎が低く言う。彼の手が図面の端を掴む。

高梨が声を出した。「公開するしかないと思う。帳簿と図面を同時に晒せば、市民の怒りは制御できない。だが……」彼女は言葉を切った。「ここで押し切る形で『救済を強制』すれば、徴税局はその補償を正当化するために反撃の儀式を行う。反撃は——夢をさらに集約して、税の成立を強化する」

直人はその「反撃」を知っていた。かつて、彼が無理に真実を突きつけて救済を強要した村で、夜ごと人々の夢が黒く固まり、眠ること自体が罰に変わった。子どもが目覚めると、夢の欠片が庭の土に刺さっていた。強制が生むのは解放ではなく、呪いの増幅だった。真実を手にすることは、時として罰の引き金にもなった。

「じゃあどうする」篠崎が苛立ちを含ませる。軍師は最短で致命を狙う。ルウは足を組み替え、袋の中を弄った。「流通を止める。露店を叩いて、路地を封じれば一時は混乱するだろう。でも、国の中枢を動かすにはもっと大きな証拠が必要だ。今の結帯は効果的だけど、ミサキのことを確かめきれてない」

直人は喉の奥で何かを飲み下した。記憶の穴が口内に風を吹き込む。彼はミサキを裁くためにここにいる。だが"裁く"の意味が、いつの間にか彼女の面影を糧として成立していることを、彼は認めざるを得なかった。もし彼女が無実ならば、その証明が彼女を救い、同時に自分の記憶を守る術があるのか——そんな甘い希望は、これまで幾度も裏切られてきた。

高梨が帳簿を強く押し出し、声を震わせた。「ここに、もう一つ書き込みがあった。誰かが急いで隠そうとした形跡……見て」彼女はページをめくる。ページの隅に、鉛筆で薄く押された印があった。『大納夢:三日後』。それは日付ではなかった。王都一斉に夢を徴収する大規模儀式の名だということを、三人は直感した。

「三日後?」篠崎の体は一瞬、硬直した。「そこまで時間がない。公開しても問答無用で儀式が進められる可能性がある」

ルウの眼が怒りで赤くなった。「その日が来たら、街中の夢が一斉に吸われるわけでしょ? 子供も、お年寄りも。露店の記録が全て押さえられたら、闇だって閉ざされる。私たちが今できることは……」

直人は机に手をついた。血が手のひらの下で冷たくなる。三日。三日あれば、彼は十分な証言を集められるかもしれない。あるいは、三日で全てを失うかもしれない。どちらに賭けるのかは、彼がどれだけミサキの像を保持しているかにかかっていた。

「結帯をもう