夢を税にする司祭は愛した人を裁く

夢を税にする司祭は愛した人を裁く 第22話「第20章」

露に濡れた石畳が午前の光を反射していた。広場にはいつもの群衆。怯えた表情、好奇の目、そして懐に夢の封筒をぎゅっと握る者たち。徴夢塔は低い唸りを立て、塔の内部で絹のような薄膜がひそりと波打っている。空気に混じるのは燻された線香の匂いと、遠くから運ばれて来る鉄の香り、雨と古紙のしめった匂い。

露に濡れた石畳が午前の光を反射していた。広場にはいつもの群衆。怯えた表情、好奇の目、そして懐に夢の封筒をぎゅっと握る者たち。徴夢塔は低い唸りを立て、塔の内部で絹のような薄膜がひそりと波打っている。空気に混じるのは燻された線香の匂いと、遠くから運ばれて来る鉄の香り、雨と古紙のしめった匂い。

エリオールは高座の端に立ち、手のひらをひそかに確かめた。薄い瘢痕のように残る刻印がそこにある。普段は見えない模様――夢と証を繋ぐ縦糸のような文様だ。彼はそれを凝視するとき、いつも胸の奥が軽くなるのを感じた。思い出が重さを失っていく感触だ。今日は、重さを失わせる代わりに何かを得る日だった。

中央に据えられた簡素な柵の中で、ユリナは肩を丸めて立っていた。薄い麻の縄が彼女の手首を繋ぎ、縄には小さな夢のレシートが絡まっている。風が吹くとレシートがそっと音を立て、ほんの一瞬──ユリナの表情が子供の頃のように緩む。エリオールはその笑いの端を掴もうとして指先が空を掴むような気分になった。

「司祭エリオール、証を綴れ」と、裁定官の声が三度低く響いた。役人の表情には安堵と興奮が混じる。彼らは夢を税として回収することで秩序を保ってきたのだ。秩序にとって不都合な夢は、徴束されるべき――そう信じている者が多かった。

エリオールは息を吸った。口から出るのは呪文でも律法でもない。小さな呟きと、父に教わった古い祈りの欠片。それを織るように彼は片手を掲げ、もう片方の手のひらをユリナのほうにかざした。空気が振動する。遠くでミカが何かを叫んだが、音はすぐに薄くなり、エリオールには遠雷のようにしか聞こえなかった。

目の前に、薄膜のような像が浮かぶ。ユリナの夢の断片だった。夢の切れ端は生々しい匂いを伴って眼前にこぼれてくる──焚かれたパンの匂い、雨上がりの土、子どもの声。彼はそれらを指でつまみ、糸に通すように言葉を添えていく。証は――当事者の「見た物」「感じた事」を束ね、群衆の目の前で真実の形にする。人々はそれを観て、信じる。

一つを綴るごとに胸の中の何かが溶けた。最初は小さいものだった。ユリナが髪を結うときに使っていた浅い緑のリボンの色。次に、彼女がよく口にしていた呟きの一つ。手応えが消えていく。思い出が風船の紐のようにほどけ、空へと上っていく感覚。彼は手の中の証綴りをしっかり締めようとしたが、その力は記憶の重みに比例して薄れていく。

「もう一つ、彼女は徴夢塔に協力していた。夢を売り渡したのだ」──群衆の一人が叫ぶ。声は怒りを帯び、耳障りに反芻された。証は重なり、彼の手元の綴りが膨らんでいく。エリオールは綴りを強く結び、真実の文節を重ねる。結ぶたびに、ユリナの笑いのリズムが少しずつ遠くなる。さっきまで胸にあった温度が、まるで冬の水に触れたように冷える。

そのとき、徴夢塔が鋭い音を立てた。塔の内部からは薄い光の糸が放射状に広がり、広場を覆うように伸びていく。人々が頭を抱えて倒れる。夢が現実に流れ出したのだ。夢税が満杯になったとき、その余剰は必ず何かを壊す。エリオールはそれを知っている。彼が「救済」を強制すれば、塔は反応して夢を吸い上げ、代償を出す。今日、彼はその代償を引き受ける覚悟だった。

「止めろ」と、カルンの声が高くなる。彼は高座の脇で鉄の棒を握りしめ、顔に泥と汗が混じっていた。ミカは既に塔へと走り出している。彼女は跳ねるように塔の壁に張り付き、小さな錠前を狙うように脚を伸ばした。セレンは記録台の前で筆を置いたまま正面を見据えている。彼らは誰の命令でもなく、自分の判断で動いている――その主体性が今、少しずつ場面を変えようとしていた。

エリオールは最後の証を綴るために深く息を吸った。空気が冷たい。手の中の綴りはぎゅうと締まった球のようになり、蛍光のように微かに光を放つ。そこに結びつけられたのはユリナの意図、彼女の選択と行動、そして結果の無慈悲さ。群衆の反応は確定に向かい、裁定は下るだろう。

しかしその直前、ユリナが静かに口を開いた。声は震え、だが訴えかける力があった。

「エリオール、覚えてる? 夜に二人で見た小さな舟のこと。岸に咲いていた白い花。あなたが私にくれた銀貨――それを隠したのはあなたの方よ」

彼女の言葉は、群衆のざわめきとは別の周波数で彼に届いた。胸の中で、記憶の空白が微かに疼く。エリオールはその穴を埋めたい欲求に駆られる。もし彼が証を綴るのをやめれば、失うものを守れるのではないか。だが、やめればユリナは外の判決の中で破滅するかもしれない。彼は「裁くために来た」のだ。そう教えられて、そう自ら課してきた。

「あなたが私を裁くためにここにいるのではない」とユリナが続ける。「私は、あなたに覚えていてほしかったの。あなたが忘れてしまうくらいなら、私があなたを揺さぶる。――この制度を壊すために、私が針になってもいい、と」

その言葉は奇妙に冷たく、同時に温かかった。ユリナは自分の指に伸びる夢のレシートを見下ろし、笑った。それは彼女の覚悟の証だった。エリオールは胸が裂けるような痛みを感じた。彼は裁くために来たはずだ。だが、ユリナの眼差しに宿るのは、かつて二人で夢を語り合ったあの夜のそれに似ていた。

ミカが塔の外壁を蹴って、縁石の鋲に足をかける。カルンが塔の根元で何かのバルブを蹴ると、塔はさらに高い音を出した。塔の光が急に鋭くなり、広場にいくらかの幻影を投げた。人々の夢の残骸が糸のように空間に舞い、子供の泣き声や、誰かの過去の休日の景色が透ける。税は暴走しつつあり、その場にいるすべての人間の感情を波立たせる。

エリオールの手の中で、綴りが熱を帯びた。彼は指先でその側面を押し、なおも結ぶ。手のひらが燃えるように熱く、同時に何かを掴めない。記憶の一片が、最後の糸を通るごとに消える。ユリナの名を呼んだ時、彼の声からはかつての恍惚が抜け落ち、訴えるだけの枯れた音になっていた。

「いいか、エリオール。最後まで覚えていて。私があなたを裁くんじゃない。私たちが選べるようになること、それが私の望みなの」と彼女は囁いた。その囁きの中で、エリオールの手が止まる。彼は固まったまま、目の前にある二つの重さを天秤にかけるようにしていた――裁きの確定と、自らの過去の痕跡。

その瞬間、彼の掌の刻印が光った。薄い青白い光が血管に滲むように広がり、指先から胸の奥へと伝わる。光の中に浮かんだのは、徴夢塔の外壁に刻まれたのと同じ紋様だった。渦を描く小さな符号。彼はそれを見て、知らぬ間に息を飲んだ。

「それは…」と、セレンが低く呟いた。彼は記録台の書物をめくり、塔の稼働記録の一ページを指で示した。そこには同じ紋様が小さく押され、初期の設計メモが薄く噛み合っていた。だれがその紋様を描いたのか。塔の設計者か、それとももっと古い何かなのか。

エリオールは掌を見つめたまま、綴りを握りしめた。手の中の証の重さが、これまでと違う意味を持っているように思えた。彼の能力と、徴夢塔の設計──二つの根は、どこかで繋がっている。それが意味するのは、彼の「真実を束ねる力」が、単なる個人的な呪いではなく、この制度そのものと結びついているということだ。

群衆の遠吠え、塔