記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す

記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す 第18話「第16章」

氷の輪は、天井からぶら下がる言葉だった。

氷の輪は、天井からぶら下がる言葉だった。

冷気が集まった空間の中央、蝋燭の炎は低く、青白い光に押し込められている。ユエンはその下に立ち、手のひらの温度が急速に吸い取られていくのを感じながら、集まった十数人の顔を見渡した。彼らの呼吸は白く、吐息は短く震えていた。言葉──被害の断片──は、さっきまで口からこぼれていたはずなのに、いまや空中で徐々に形を成している。氷の薄膜が、やがて輪となって天井へと引き上げられていく。

「最初の一つめはセラの分です」ユエンは低く告げた。言葉に力を込めると、彼の掌から伝わった冷たさが一瞬で周囲に波及した。空気がこわばり、セラの声が静かに結晶化した。誰かの涙が氷の粒となって掌の跡に残る。

セラは小柄で、長い指に古い傷跡がある。彼女は呆けたように天井の輪を見上げ、そこに自分の断片が吊るされるのを待っていた。輪の表面に、彼女の語った言葉が黒い凍った文字となって浮かぶ。幸せだったはずの午後の光景、袖を掴まれた瞬間、黙認した人々の顔──綺麗ではない記憶が、透き通った鏡のように固まっていく。

「どうだ、はっきり見えるか」ミールが訊いた。聖裁庁の改革の名を挙げる男は、手元の書類を折りたたむようにして胸に抱え、表情を隠している。彼の眼差しは冷たく、だがその奥に奔る焦りがあった。改革派の言葉はいつもぎこちない。保守派の影を恐れ、同時に事態を早く動かしたいという焦燥に駆られている。

「見える」セラが答えた。しかし、その声に混じるのは誇りではなく、恐怖のほうが強かった。「でも──」

氷の輪の一つが、静かにきしんだ。薄い亀裂が走り、文字の一部が浮き上がる。誰かが指を伸ばして触れると、すぐに瑣末な音──氷がこすれる音がした。ユエンは手を伸ばして、その輪の下の空気を撫でた。冷たさが指先から肘へ、そして胸の奥へと侵入する。彼の目の前に、ふっと白い煙のような何かが立ちのぼった。記憶の端──小さな情景が、薄れていく。

「止めて」カルナが吐き捨てた。元兵士のその男は、口が荒いが誠実だ。彼はうずくまっている女性に背を向け、拳を握りしめる。ユエンはカルナを見返した。カルナの唇は震えている。誰もが、ユエンの能力の代償を知っている。だが「知っている」ことと「耐えられる」ことは別だ。

「まだ行ける」ミールが言う。だがその声は以前よりも小さく、どこか消え入りそうだった。「この証拠が──聖裁庁が、王権が、あの連中がやっていることを示せれば、改革は前へ進む」

ユエンは唇を噛んだ。冷気が喉をつたって、舌の感覚を薄くした。彼はこれまでに何度も、記憶を「凍らせる」ことで真実を束ねてきた。凍らせた証言は強い。人々は証言を目にし、触れ、誰が被害を受けたのかを知る。だがそのたびに、ユエンは自分の罪の輪郭を失っていった。番号のように整列していた過去の罪行が、一本ずつ、曖昧な影へと崩れていく。順番を数えることができなくなる恐怖──それが彼の胸にいつも重くのしかかる。

「行くぞ」ユエンは再び声を絞り出した。小さな決意だった。セラの証言は完成し、輪は二つ、三つと増えていく。人々はそれを見上げ、自分の言葉がどのように結晶化するかを見守る。まるで誰もが自分の痛みを棚に上げ、その棚が天井に並んでいくようだった。

次に声を上げたのは老人だった。名はレンで、かつて裁判所で記録係をしていたと自称する。レンは震える声で、ためらいながら語り始めた。彼の語る証言は、ある夜に行われた秘密の儀式の一端だった。名前は挙げないが、手の込んだ手順、呪詩に似た言葉、儀式に立ち会った聖職者の態度──それが輪へと変わると、冷やかな光がその輪を包んだ。

輪が増えるごとに、部屋の空気はさらに冷え、ユエンの視界は白い霧で掻き消されそうになった。彼は自分の胸の奥にある小さな箱を思い出せない。箱に入れていたはずの何か、誰かの写真か、薬の処方箋か、あるいは罪の順序を示す紙――そのはずのものが、指の先からするりと抜け落ちて消えていく気がする。舌先に触れた味は、鉄と灰。思い出の隙間から、幼い日の歌が逃げ出した。

「ユエン!」カルナが叫ぶ。「やめろ! おまえの……」

だがユエンの耳には、遠い場所から誰かが泣くような音が聞こえているだけだった。彼はそれが自分の心臓の音だと気づくまで、時間がかかった。

「このままでは……」ミールが押し切る。彼は手を差し出し、書類を取り出した。そこには、レンが示した儀式の日時と、目撃者の名が並んでいる。ユエンはそれを見る。紙の文字ははっきりしている。だが同時に、彼の中で、ある名前が消えかけているのを感じた。名前は短く、母のように温かい響きを持っていた。ユエンはそれを掴もうとしたが、指を擦り合わせるとそれは粉のように崩れ、冷たい残滓だけが彼の掌に残った。

セラが腕を伸ばし、氷の輪の一つに触れた。ふと彼女の表情が硬直し、叫び声が上がる。氷の中で、彼女の過去に別の色が差したのだ。救済しようとした過程で、ある者が「拒否」を強制された瞬間の映像が、輪の内側でうごめいた。強い光が走り、黒い裂け目から冷たい粉が飛び散る。部屋の温度が急降下し、集まっていた人々の呼吸が止まる。セラは床に崩れ落ち、顔を伏せて呻いた。

「なにをしたんだ!」カルナが氷へ蹴りを入れる。音は乾いて、薄い亀裂がガラスのように走った。割れる音は、ただの破片ではない。ひとつひとつの破片の中に、誰かの記憶の欠片が閉じ込められていた。

「強制的な救済は、呪いを増幅する」ユエンは言った。声はまだ機械的だ。彼は思い出した。これが、能力のもう一つの不得手だった。救済する「べき」だという衝動に押されて人を無理に拒否させると、呪いは増える。増えた呪いは、凍るはずの記憶を乱し、別の被害を生む。彼は以前、それで誰かを死なせたことがある。名前は出てこない。だが胸の底が燃えるように痛んだ。

ミールは顔色を変えた。彼は、そのことを知らなかったのだろう。あるいは、知っていても目をつぶっていたのかもしれない。改革の名を掲げる者が負う責任の重さが、ここで現実として立ち現れた。

「だから円を作る」レンがふらふらと立ち上がり、かつての記録係の手を伸ばした。「全部ではない。自分たちが自らの意志で拒否したという意思だけを、結晶に託すんだ。それで初めて、彼らは知る。拒否は可能だった、と」

ユエンはその提案に頷いた。しかし、彼の頷きは少し遅れていた。頭の中は白い羊歯のように広がる空白で、名簿の中の一つの名前が薄れていく。それは、彼がどうしても数え直さなくてはならない、あの一つの罪と関係のある名前だった。数え直すとは、順序を付け直すことだ。だが順序を付け直すための自分の手が、今、震えている。

「カルナ」ユエンは呟いた。自分でも驚いた。カルナの顔が一瞬強張る。彼は何かを決めたように、ユエンの前に進み出た。

「俺が行く」カルナが言う。声は低く、しかし揺るがない。「おまえだけがそれを引き受けるべきじゃない。おれも、みんなも、分かち合う。おまえの記憶の代わりに、俺が記憶の一部を体に留める。もしそれでおまえが忘れるのなら、俺が覚えてやる」

部屋は静まり返った。誰もがカルナを見つめる。彼の目には決意しかなかった。