記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す

記憶を凍らせる薬師は自分の罪を数え直す 第17話「第15章」

雨上がりの石畳はまだ濡れていて、街灯が水を跳ね返すたびに細い光の川ができた。倉庫の扉が半開きになり、中から漏れる暖色の灯りが外側の冷気を押し返している。ミールが持ってきた複写の束は、油のにおいが混じった紙の匂いを放っていた。ページをめくる音が、四人の息遣いと一緒に小さく響く。

雨上がりの石畳はまだ濡れていて、街灯が水を跳ね返すたびに細い光の川ができた。倉庫の扉が半開きになり、中から漏れる暖色の灯りが外側の冷気を押し返している。ミールが持ってきた複写の束は、油のにおいが混じった紙の匂いを放っていた。ページをめくる音が、四人の息遣いと一緒に小さく響く。

「ここにあるのは、聖裁庁の内部書類と、裁定に関する付録。その中に、運用指令の改竄がある」ミールは低く言った。指先が震えているが、それを隠すようにさらに一枚を広げた。「形式を変えた署名、執行手順の矛盾。市民の『自白』がどう作られているかが、ここに記録されている」

アルカは書類に身を寄せ、短く舌打ちした。「そうだとして、どうやってこの全部を、公にするんだ? 聖裁庁は目を光らせてる。連絡網は密だ。ここから出れば証拠は消される」

サイムは腕を組んで倉庫の柱に寄りかかった。「説得して公開しても、誰も信じないかもしれない。『呪い』って言葉があるだけで、人は目を逸らす」

ユエンはテーブルに置かれた小瓶を何度も手のひらで転がしていた。内部には薄い青の結晶が凍りついているように見える。彼にとってそれは記憶の欠片──自分がかつて失った何かが、形を取ったものだった。指先に伝わる冷たさが、自分の過去を呼び戻すのではなく、むしろ吸い取っていくことを彼は知っている。

ミールは紙の一枚をめくり、ページ端の走り書きを指先でなぞった。「ここを見て。『公表に際しては、当事者の証言を一括管理し、必要に応じて再提示すること』とある。付録Aにはその手順。だが、下に小さな文字で『暴露は補助的措置に留め、強制的手段は監督官の承認を必要とする』とある。承認の項目に署名はない。つまり、強制は黙認されていた」

「黙認、か」アルカが吐き捨てるように言った。「予想はしてたが、書面で見ると違うな」

「それだけじゃない」ミールの声がさらに低くなる。「ここの符号、これを見てくれ——」彼女はページの余白に書かれた奇妙な刻印を指差した。波紋のような小さな模様。ユエンの胸に、鋭く何かが落ちた。そこに見覚えがあったからだ。

その模様はユエンが術を行うときに、空に浮かぶ微かな結晶模様と一致していた。自分の手から零れ落ちる冷気が描く痕跡に、酷似している。

「それ、君の術式の印と同じじゃないか」サイムが息を漏らした。

ユエンの手の中の小瓶が、ぎゅっと冷たくなる。いつの間に指が白くなっていたのか、爪の先がしびれて感覚が鈍くなっている。頭の奥で、幼い日の風景が薄れていくのが分かった。母の台所で聞いた湯の沸く音。取るに足らないはずのそれが、指先からこぼれ落ちていく。

「どうして聖裁庁に、こういう……同じ印が?」ミールは続けた。「書類はむろん偽造の可能性もある。だが、付録の製本番号と発行者の照合結果が奇妙に一致しているんだ。誰かがこの手順を作り、術式の構造を組み込んだ。つまり——」

「制度そのものが術式を利用しているってことか」アルカが言いかけて、言葉を飲み込むように唇を噛んだ。

倉庫の窓を流れる雨粒が、燈の光に当たってきらめく。外の街は静かで、遠くで犬が一度だけ吠えた。四人の間には沈黙が落ちる。ユエンは自分の心臓の音だけが、耳の中に大きく響くのを感じた。音は確かに、遠いところから自分を呼ぶように聞こえた。しかしその名前を思い出すと、冷たい砂が舌の上を滑るように、意味が薄れていく。

ミールが書類を閉じ、肩越しに四人を見た。「これを暴けば、制度の根幹が揺らぐ。だけど、ただ『暴露』すればいいって話でもない。聖裁庁は自分たちを正当化するために、呪いの『記録』を使っている。公の証言を奪い、再掲して『真実』を作ってきた。もし我々がここで彼らの偽りを晒しても、体制は反撃する。被害者たちを再び晒し者にするかもしれない」

「それで、どうするつもりだ?」サイムが訊いた。息の先が白くなり、言葉が寒気を伴って出る。

ミールの瞳が強くなる。「私は弱点を見つけた。付録の運用には、公開に際して『当事者の合意が形成される場』が必要だと明記されている。書面上は形式だが、運用の穴を突けば、公開の正当性を失わせることができる。要は、聖裁庁の『公開』が一方的であることを立証すればいい。だが——」

彼女は言葉を止め、テーブルの上の小瓶に視線を落とした。ユエンがそれを握り直すと、瓶の中の結晶が微かに鳴いた。音は小さく、氷が触れ合うようだった。

「その立証には、当事者の『自発的な声』が必要だ。自発的に語る者の証言が公開に加わり、裁定の正当性を覆せる。聖裁庁はこれを恐れている。強制で作られた証言ばかりの世界で、自発は制度を崩す。だけど、その自発を作るために、我々が力を使うわけにはいかない。強制すれば、また別の呪いを生む」

アルカが前に出て、掌をテーブルに叩いた。「やれることならやる。聖裁庁の街宣をぶち壊して、真実をばら撒く。奴らは拳で叩き潰せる」

サイムが笑ったように首を振る。「暴力でどうにかなるとでも? 奴らが待ってるのは、我々が失敗したときの道筋だ。軍隊は出すし、宗教は既成秩序を説く。市民は慎重になる。その間に、もっと多くの人が『選択』を奪われる」

意見が交錯し、倉庫の空気が薄くなった。四者四様の焦りと恐れが、互いにぶつかり合って火花を散らす。ユエンは黙ってそれを見ていた。自分が介入すれば結果は早まるかもしれない。だが代償がある。自分の記憶が、一つずつ失われていく。自分が誰なのかを数え直すために、また失っていくという皮肉。

「ユエン」ミールが穏やかに呼びかけた。「君は術師だ。君の力があれば、当事者の証言を束ね、外の世界に同時に提示することができる。だが私はここで正直に言う。君が強制的に証言を取り上げるたびに、君の記憶は薄れていく。そして、強制で救済しようとすれば呪いは増幅する。過去に君がやったことを思い出して。あの時の波紋は偶然じゃない。書類にも同じ印があった」

ユエンは小瓶を人差し指と親指で押し、冷たさが指先を通して腕を走るのを感じた。頭の中に、断片的な声が聞こえる。誰かの叫び、遠い歌――音は波のように来ては消える。消えた声の代わりに残るのは、無味の空洞だ。

「では、君はどう使う?」サイムが問いただすように言った。「暴露の武器にするのか、補助に留めるのか。君の選択が、次の行動を決める」

ユエンは口を開かなかった。言葉を探すたびに何かが薄れていく。自分の過去を数えるためにやってきたはずなのに、数えるほどに指の間から砂が零れ落ちる。彼の胸に、かすかな痛みが広がった。痛みは単なる焦燥ではなく、身体が返す警告のように感じられた。

アルカが扉の方を向き、背中を擦りながら言った。「俺は外に出る。仲間を集めて、下っ端の記録を暴いて回る。騒ぎを起こせば、何かが動くかもしれない。君たちはどうする?」

サイムは肩を竦め、倉庫の影へ消えかける。「私は現場に残る。被害者に直接会って、選択の場を作る。誘導じゃなく、本心で話す機会を届けたい」

ミールの瞳がユエンに向けられた。「私は文書を持って聖裁庁内部に働きかける。弱点を突くなら、書類を持ち込む必要がある。ただし、これだけは言う。書類を開示する場を作るには、