夢葬高校のプロトコル

夢葬高校のプロトコル 第6話「第五章 眠れない記録係」

放課後の視聴室は、いつもより静かだった。白い蛍光灯が低く唸り、壁に取り付けられた監視モニターが一列に並んでいる。映像は授業中の教室、廊下、体育館を繰り返し映し出し、窓の外で夕暮れが濁っていくのを何度も切り取っていた。三枝シンは椅子に肘をつき、モニターの一つを凝視していた。隣には水城ナギ。ナギは指先でスナックの袋を揉みながら、画面の隅にあるオシロスコープみたいな波形を指差した。久遠ミツルはその向かい側、小さな端末と配線に囲まれて座っていた。顔色は紙のように蒼く、目の下にクマが深く落ちている。眠れていないのが一目でわかった。

放課後の視聴室は、いつもより静かだった。白い蛍光灯が低く唸り、壁に取り付けられた監視モニターが一列に並んでいる。映像は授業中の教室、廊下、体育館を繰り返し映し出し、窓の外で夕暮れが濁っていくのを何度も切り取っていた。三枝シンは椅子に肘をつき、モニターの一つを凝視していた。隣には水城ナギ。ナギは指先でスナックの袋を揉みながら、画面の隅にあるオシロスコープみたいな波形を指差した。久遠ミツルはその向かい側、小さな端末と配線に囲まれて座っていた。顔色は紙のように蒼く、目の下にクマが深く落ちている。眠れていないのが一目でわかった。

「四日だよね」ナギが淡々と言った。声には怒りも嘆きも混じっていない。ただ、事実を列挙するだけの口調だった。

ミツルは小さくうなずき、無表情のまま端末のスクリーンをスクロールする。ドリーム・レイヤーが吐き出す立体図は、教室の座席配置と夢接続の波形を重ね合わせたように見えた。そこにあるのは普通の校内図ではない。幾何学的なノイズと、交差する弧線、点と点を結ぶ細い光の橋。それらはミツルの言葉で言えば――「人の眠りの道筋」だった。

「四日間眠ってないと、普通は気が狂うか怒鳴りだすかするんだよ」とナギが眉を寄せる。彼女はミツルを責めているようでもあり、心配しているようでもあった。

ミツルはゆっくりと肩をすくめた。「眠れないってのは、ただ身体が休まらないってことだけじゃない。俺の場合、昼と夜の境目が薄くなるんだ。誰がどの夢に潜ってるか、その波形が、常に耳鳴りみたいに鳴る。寝ようとすると、その鳴りが俺自身に侵入しようとする。――消える、って感じかな」

シンは肘を引き、手の甲で額のちいさな冷たさをさわった。ミツルの言葉が、すんなり肌に刺さる。消える。自分の幼い頃の空白と同じ感触の語だった。シンはいつも、事象を観察する側に立とうとする。だが今は観察者の距離の外に、とげのようなものが刺さっていた。

「だとしたら、何でずっと起きてるんだ?」ナギが詰問する。ナギは行動が先に来る人間だ。寝てしまえば、ミツルの「受信」は途切れる。だがミツルはあえて踏みとどまっている。

「受信してるから」ミツルはそう答えた。「眠れないのは代償かもしれない。でも、眠りに落ちると俺の意識が夢の海に吸われて、現実の自分が記録から削られていく。カメラに映らなくなる、って最近わかった。逆に覚醒してると、他人の接続波形を『図』にできる。教室の空席が増える場所、夢が重なり合う境界――それを地図にして渡せば、十三番目の位置をたどれる」

シンは胸の中の何かが、ぎり、と締まるのを感じた。ミツルは、端末でしか表現できない人間のように扱ってきた。画面の中の数字、ノイズ、図形。それを解析してくれるのは彼で、だからこそシンはその結果だけを借りていた。だがその人間は、日数をかけて自分の身体と時間を削っていた。仲間であり、記録係――という役割に当てはめていたのは、間違いだった。

「俺たちは……お前を道具にしてたんだな」シンの声は、小さかった。指の先が震えた。告白は自分に向けられたもののようだった。

ミツルは一瞬目を細め、笑ったような音を漏らした。「そうかもしれない。でもさ、道具なら道具で、壊さないように扱ってくれ。壊れたらもう使えないんだから」

言葉の端に冗談が混じることで、重さが少し軽くなる。だがナギは黙っていない。

「勝手に壊れるのは認めない。休め。今日で調査は止める。ミツルが眠れないまま突っ走るなんて私は許さない」

ナギの目が逸らない。真剣な言葉だ。シンはナギの掌が微かに震えているのを見た。彼女は、他人の感情を「重さ」として扱えるからこそ、感情の露出に敏感だった。眠りを削ることが、どんな重さをナギ自身に返すのか想像がついていた。

「いや、止められない」ミツルの声には固さがあった。「十三番目の経路は、眠ってる奴の夢が重なった地点にしかできない。通常なら接続許可がないと入れないけど、許可の偽装が行われてる。偽装されてるってことは、経路の端っこにいくつかの『跡』が残る。俺はその跡を拾ってる。寝ると、その跡に俺が引き寄せられる。俺が消える」

話しているとき、ミツルの端末が小さく震え、画面の三次元図がぱっと再構成された。彼の指が無意識に走り、光の橋が一つ強調表示される。そこだけ青く、ほかの線とは違ううねりがあった。

シンは近づいて、その位置を覗き込んだ。青い道の先は、古い建物のシルエットへと繋がっている。建物は学校の外れにある――旧校舎だ。誰もが知っているが立ち入りは禁止されている場所。雑草が繁り、外壁には蔦が這っている。

「旧校舎か」ナギが息を吐いた。「あそこ、行きたくない理由がいっぱいあるんだよね」

「――行く」ミツルはわざと短く言い切った。目に光が微かに宿る。「眠らない代わりに、誰かが探すべき道を見つける。俺はそれをやる。お前らは外側で歯車を回してくれ。もし俺が消えそうになったら、引き戻してくれ」

シンは言葉が喉に詰まった。守るべきだと思っていた仲間を、守らせずに前へ送り出していた。彼は、ミツルを止めるべきだと考えた理由を拾い集めようとした。歳月に侵食されるような疲労、存在が薄れていくという恐怖、現実の記録から自分が消えるという説明。だが、その説明の裏にあるのは、他でもない真相への鍵だった。十三番目の経路を追うには、ミツルのような「境界」に立てる者が必要だった。眠りと覚醒、夢と現実のあわいを身体で受け止められる人間――それは普通の誰でも務まるものではない。

「俺たちが見つけられるなら、ユラの過去にも近づけるかもしれない。あいつの眠りと人格のこと、実験のこと。止めるのは簡単だ。だが止めたら、何もわからないままになる。それでいいのか?」ミツルはまっすぐにシンを見た。目に疲労はあっても、訴えは真摯だった。

シンの胸が痛む。守るべきか、真相を追うべきか。どちらを選ぶにも、代償がある。ミツルを守ることは真相を捨てることだ。真相を取ることはミツルを壊すかもしれない。ナギは腕を組み、唇を噛んだ。顔には葛藤の色が窺えた。

語り終えると、ミツルは端末を視聴室の大スクリーンに挿した。映像がゆっくりと拡大され、先ほどの青い道がクラスルームの映像にオーバーレイされた。すると画面の右下に小さな異変が現れた。さっきまで映っていたミツルの後ろ姿が、モニターの中から一瞬だけ消えたのだ。映像は数フレーム、三角形のノイズに置き換わり、次の瞬間には普通の人間のシルエットがそこに戻った。だがシンの心拍は跳ね上がった。

「今の、見たか?」ミツルは声を震わせなかったが、手が微かに震えていた。

ナギは早速映像を巻き戻す。フレームを一つずつ進めると、確かにミツルの身体があるフレームで細かい格子模様に分解され、別のノイズに変換されていた。映像の時計は一秒未満の瞬間を示している。だがその一秒は、彼らには十分すぎるほど意味を持っていた。

「消えるんだ」シンが言った。これは観念ではなかった。監視映像という客観的記録が、彼らに目撃を強制した。ミツルの存在は、文字通りカメラのデータ空間から抹消されかけていた。

「消えるのを、俺は食い止めたい」ミツルはそう