雪鎖の巫女と百鬼城

雪鎖の巫女と百鬼城 第6話「第五章」

雪は白綱郷の音を呑み込み、世界を静かに削っていた。四人は細い尾根道を縫うように歩き、足跡はすぐに雪へと還っていく。空の色は薄い硝子のようで、遠い山腹の稜線だけが黒く切り取られていた。ユキネは革の手甲越しに左手を握り、冷たさの境界を確かめる。指先の感覚はあいかわらず薄く、爪の先にだけ細い熱の残滓があるばかりだ。刃を振るうたびに、その残滓は少しずつ削られていった。

雪は白綱郷の音を呑み込み、世界を静かに削っていた。四人は細い尾根道を縫うように歩き、足跡はすぐに雪へと還っていく。空の色は薄い硝子のようで、遠い山腹の稜線だけが黒く切り取られていた。ユキネは革の手甲越しに左手を握り、冷たさの境界を確かめる。指先の感覚はあいかわらず薄く、爪の先にだけ細い熱の残滓があるばかりだ。刃を振るうたびに、その残滓は少しずつ削られていった。

「東へ三里。小さな社が一つ目の杭だ」
アサギがきっぱりと言う。矢筒の革が雪に擦れる音だけが、短く聞こえた。スズは鼻先を雪に落とし、白い面の上でゆっくりと嗅ぎ回す。トウマは黙して歩み、外套の下で鉄輪が小さくうなりを上げるのが伝わった。彼の表情は静かに決まっている——城の規律に従う者としてではなく、一人の若者としての覚悟がそこにあった。

東杭は村の入口の石垣脇に半分埋もれるように立っていた。朱の札が幾重にも結わえられ、雪の白を鋭く裂いている。近づくと、村人たちの口元が妙に静かなことに気づく。子供が口を開けても声が出ず、唇だけが震え、歌う筈の老人は喉の奥で詰まったように目を伏せている。札の中央に書かれた楷書──「同意」は、ユキネの目にいつものように亀裂を刻んで見えた。文字の真ん中を雪が細く割り、そこだけ黒い影が差している。

「同意が裂けている」
言葉は風にかき消されそうだったが、自分で発した以上、それは確かな認識だった。ユキネの力は真実を与えはしない。だが事実と文言の辻褄が合わない箇所を、雪の裂け目として示す。ここにある「同意」は住民の自発ではなく、外側だけを整えられた形だ。スズが札に近寄り、縁の墨を鼻先で探る。

「城の墨が混じってる。水路を通るあの黒い匂い」
その言葉に、ユキネの胸が小さくざわついた。城が関わっているという匂いの証言は、ここでは致命的な重さを持つ。老女がゆっくりと木の札を取り出す。子の声を差し出した証だと彼女は言うが、裏を見ると城の朱印が押され、その端が水に溶けたように黒ずんでいた。ユキネは指先で裂け目を辿る。触れれば、それだけ冷えが跳ね返るのを知っている。

「私たちはそう言われて渡したの。『声を預ければ守る』──だけど、本当は押し付けられたのよ」
老女の目がうるむ。それは、表向きの守護と、城や誰かの都合で差し出させられる「本当の代償」との隔たりを示していた。ユキネは短く息を吐き、刃を柄から抜いた。結び断ちの刃は、一度に一つの結び目しか解けない。解くたびに体のどこかが冷え、感覚が一つずつ遠のく。刃の刻みは腕に残り、彼女はいつもその刻みの数を数えていた──今は、残りが少ない。

西杭へ向かう道端の家々は、生気を半分喪ったように見えた。戸口に立つ人々の瞳は虚ろで、思い出し方がわからなくなっている。奉納札には「夢」と朱が振られ、しかしユキネの目に映るのはやはり雪の亀裂だ。東よりも亀裂は枝分かれし、古い層の嘘が複雑に絡んでいた。夢を奪われた者は、帰るべき場所を忘れ、夜にただ空白を漂わせる。

「夢まで奪うなんて……」
アサギが吐き捨てる。彼女の矢は「帰れ」の命令を帯びる。帰り場所を自覚している者にだけ効くその矢は、夢そのものを一括りにする力を持たない。ユキネは札の角を選び、刃を静かに滑らせた。切るのは「偽りの同意」だ。切れば時々、本来の欠片が返ることがある。小さな断片の映像、あるいは匂いのようなものだ。だが夢そのものを丸ごと還すわけではない。

刃が紙を擦ると、雪の向こうで影が紙のように裂け、冷気がユキネの左腕をかき上げた。凍えは肘へと広がり、彼女は歯を噛んで耐える。目の前の若い女の瞼が一度だけ震え、短い断片の光景──母が台所で鍋をかき混ぜる手つきが戻った。完全ではない。しかしその一欠片は、老女の目に涙を灯した。

南杭は小さな墓地の隅に立っていた。そこに座る子どもの胸には古いぬいぐるみが抱かれている。夫が妻の名を呼んでも、名は帰って来ない。札には「死者の名」とあるが、そこもやはり「同意」が貼られていた。名前を失うことは輪郭を奪うことだ。ユキネは杭を見つめ、刃を取り止めかける。壊せば怒りは晴れるだろう——だが壊して得られるものと失うものの秤を図らねばならない。

「壊すだけじゃ駄目だ。まずは何がどう結ばれているかを知らないと」
トウマが手を伸ばし、アサギの腕を制す。彼の言葉は軍の訓練で鍛えられた冷静さを帯びていた。アサギは唇を噛み、拳を柔らかく引く。彼女の報復心は強いが、彼らの仕事は人々に選択肢を取り戻すことだ。ユキネは刃を握り直し、冷たさがさらに奥へ侵食するのを感じた。刃を振るう回数が減ると、選べることも減る。だが止まれば、誰かの代償はそのまま奪われ続ける。

北杭は軍道の見張り小屋の脇に立ち、表紙に「命令」と赤く書かれた凍った文書の束が杭の根元を取り巻いていた。だがそこにも「同意」の札が貼られ、雪の裂け目は深く地中へと沈んでいる。スズが雪に鼻を押し当て、さらに深く嗅ぎ込むと、顔をしかめた。

「全部が一本に繋がってる。東の声、西の夢、南の名、北の命令。地下で何かへ向かってる」
彼女の言葉は短いが、匂いの情報は説得力を持っていた。水路の墨、城の朱、古い筆跡の混じった匂い。人の手で書かれ、運ばれ、一本の通路へ──誰かの目的へ──流されている。ユキネは雪の裂け目が示す下方を指した。スズの嗅ぎ分けが示す先は、思いも寄らぬ方向を指していた。

「城主居室の方角だって」スズが低く言う。鼻をひくつかせて、さらに確かめるように雪面を撫でた。「匂いが……母さんの筆跡が繋がってる。ここから、その匂いが城の側へ続いている」

ユキネの胸が引き絞られた。母は雪祭りの日に「火事で焼死」と記録されているが、遺体は見つかっていない。記録だけが残り、城の帳簿には女生の名と日付が整然と並んでいる。だが今、ここにあるのは焼け跡ではなく、紙の断面に残った噛み跡の匂いだ。誰かが記録を喰らい、外形だけを燃やして「焼いた」と見せかけたのではないか。それを誰が、何のために――。

刃の柄がわずかに震える。ユキネは自分の左腕の冷たさを再確認した。刃を振るうたび、冷えは深くなる。彼女の中で数えられる刻みはもう多くはない。だが目の前に、幼い頃の自分の小さな肖像が城主の居室にあるという匂いの線は、黙って見過ごせるものではなかった。

「ここで全部を断つわけにはいかない。私一人の刃で全部を斬れるなら、それでもいいかもしれない。でも、そんなことはできない」
ユキネは言った。言葉は雪に吸われ、すぐに消えそうになったが、四人の顔にはその決意が刻まれていた。トウマが先に動く。彼は鉄輪を小さく引き、制服の端を整えるように顔を上げた。

「城へ戻る。確かめる。証拠があるなら、内部で示すべきだ」
アサギは鼻先に出る言葉を呑み込み、矢筒に手を当てる。「城を壊したい気持ちは分かる。でも民の前でどう示すか、それが大事だ」
スズは短く笑い、しかしその眼差しは柔らかく狡猾だった。「私も嗅いだ。母さんの匂いが城の居室へ続いてる。そこに何かがあるなら、見に行く価値はあるわ」

雪の下で黒い帯のように走る裂け目が、城の方角へと線を引いている。ユキネは左手を固