王女騎士

王女騎士 第4話「第3章」

城壁の影は長く、夜風は石畳の目地を渡って冷たく身体に貼りついた。ミアは、息を殺して斜面に身を伏せ、下方の城塞を見下ろした。彼女の目的は明確だった――小さな門を奪い、そこから住民が流入できる通路を確保すること。大きな勝利ではない。だが、足場を得ることが支持の芽を育てる最小単位だと、ミアは経験則から算段を立てていた。

城壁の影は長く、夜風は石畳の目地を渡って冷たく身体に貼りついた。ミアは、息を殺して斜面に身を伏せ、下方の城塞を見下ろした。彼女の目的は明確だった――小さな門を奪い、そこから住民が流入できる通路を確保すること。大きな勝利ではない。だが、足場を得ることが支持の芽を育てる最小単位だと、ミアは経験則から算段を立てていた。

「夜は四つの見張りが交代している。昼間よりずっと規則的だ。ランタンの位置と角度を見ろ。見張りの視線が重なる地点を潰せば、死角を作れる」ミアは低声で伝えた。エリナは隣りでコートの裾をきつく掴んでいる。重装のカエルは、獣のように周囲を嗅ぎ取るように視線を走らせた。ミロは鞄の中でカードを弄び、薄笑いまじりにこちらを見たが、その目には、どこか遠い記憶の光が走った。

ミアは地図を開き、指で小さな丸を幾つかなぞった。そこに「節点」と書かれた印が二つあり、その一つは城塞の北側にあたっていた。彼女はその地点に近づくと、空気が鈍く震えるような感触を確かめた。苔が僅かに青く光り、夜露が不自然な速さで玉を成して落ちる。短い言葉でいうと――位が寄っている、結節している。

「ここだ。通路の角、石積みの脇が節点になる。守備が薄く見えるのは、彼らもそこの位に頼っているからだ。地形を使う。俺たちは正面からぶつからない」カエルが小さくうなり、装甲の肩を震わせた。

ミアは前世の習性で、周囲の音を細かく分類した。遠くで鉄が擦れる音、足音のリズム、見張りの喋り声の中の呼吸の変化――夜間警備員だった頃と同じ小さな列を思い出す。その眼差しは冷徹で、合理的だった。「嘘」は嫌いだと自分で常々思っているが、今は嘘など通用しない。守るべき者が目の前にいる。

予定は単純だ。夜二時、風下の小路から侵入。半壊した側門を開け、内部の補給路を見つける。見張りの交代を誘導するために、ミロが小さな焙烙を森の向こうで鳴らす。カエルは手ずから皆の配置を整え、サイムは後方で偽文書を準備する。リサは負傷者の受け皿を作る。エリナは、導かれた民を前にして立つためにここを必要としている。

暗闇を裂くのではなく、暗闇の中に溶け込む。ミアは指先で砂利を撫で、軋む音を押さえつつ低く進んだ。石壁に沿って進むうち、彼女の掌が古い鉄製の鍵穴の痕に触れた。ひび割れた木扉の端には、かつての守衛が残した油の痕跡が乾いている。ミアは小さな工具を取り出し、音を立てずに鍵を弄る。回せば回るほど「抵抗」が変わる。「これが鍵なんだ」とかつて教わった感覚が手の平に答えを返す。

「止め」――ミアは囁くように合図を出した。カエルは影から二人の男を押し出し、短い空間で扉越しの守りを一気に崩した。音は小さいが、精密だった。門を開ける直前、ミアは息を吸って横を見た。エリナが震える指で彼女の袖を掴んでいる。彼女は守られる側だが、それを超えて民衆の象徴だった。ミアはその存在を守ることを、自分で名言する必要があると知っていた。

「守る、エリナ・ヴェル」──言葉は夜空に吸い込まれ、ただそれだけが二人の間で交わされた。互いの掌は握られ、肌が触れ合う。指先から誓いの線が結ばれる。条件は満たされた――ミアは意志を名に乗せ、距離は確かに三十歩以内にあり、接触があった。盟誓の盾が界面で震えたのをミアは感じた。冷たい光が掌の甲を撫で、エリナの鼓動が微かに重なる。

その瞬間、敵が反撃してきた。門の向こうで鉄の衝突音が立ち、火の粉が舞った。亜人じみた咆哮が短く切れ、エリナの柔らかな肩に鋭い刃が振り下ろされる。叫びは一瞬で、だが筋肉と骨を抉るほどの力があった――そして痛みの波が、直接エリナへ届く代わりに、ミアの背中から肺のあたりに突き刺さった。

痛みは鋭く、熱かった。ミアは刃を受け止めた感触より先に、体内の時計の針が一刻進むのを意識した。肌の感覚が微妙に変わり、視界に小さなノイズのような欠落が一つ生じた。彼女はその瞬間、誰かの顔を呼ぶときの愛称を思い出そうとして、出てこないことに気づいた。前世の古い同僚の愛称の一部が、指の隙間から落ちていくように消えた。

「ミア!」エリナの声があった。だがその声は遠くから聞こえた。ミアは鋭い痛みを受け止めて立ち上がり、刃を受けて空いた腹部の出血を自らの肋骨に引きつけるようにして押さえた。盟誓は守りの代わりに、負荷を引き受ける。エリナの呼吸は早い。彼女の冷たい指先が、ミアの手の中で震える。

「離れろ、民を!」カエルが低く唸り、重い斧を振るって敵の列を切り崩す。ミアは血の味を舌先に感じ、過去の夜勤で覚えた止血の手順を思い出して動いた。手に残った盟痕が、薄く光る。そこは後で敵に狙われるであろう「弱点」だと直感したが、今はそんなことを言っている暇はなかった。リサが駆け寄り、包帯を巻く手を震わせながらも的確に縫合を始める。彼女の眼は確信に満ちていた――ミアが代わりに痛みを引き受けていることを理解していたのだ。

戦いは短かった。節点の歪みを利用して守備が混乱した結果、内側にいた数名の市民が奇襲をかけ、補給庫を押さえた。ミロは、焙烙とは別に城塞内で囮として羽織を翻し、大声を上げて守備隊を誘導した。彼の声はいつもの軽さを失い、古い詩節のような調子が混じっていた。それが、カエルの隊の斜め突きを助けた。

戦後、ミアは石の端に座り込んだ。血は自分の服の隙間に滲み、手のひらは痺れた。年齢の差は今すぐに見て取れるほどではないが、額の髪に一本、明らかに灰色が混じっていた。記憶の欠落は小さな穴になってどこかを透かしている。ミアはそれを指でなぞった。何か一つ――詰め物のように填め込まれていた前世の小さな事柄が、確かに落ちていった。

「無理するな」とカエルが言った。彼の声は粗野だが慈しみに満ちている。ミアは首を振った。「選択は、いつでも私のものだ」と答える。嘘は嫌いだ。しかし今の彼女の決断は嘘ではない。エリナの顔を見れば、それは正しいとしか思えなかった。

リサが包帯を押さえ、ミロがぽつりと声を落とす。「徽章……やっぱり、あれと関係が――」彼の指先は、近くに落ちていた金属の小片に伸びた。薄く錆びた、それでいて細かな歯車の刻みが残る破片だ。ミアの懐にある古い徽章の欠片と形が合う――彼女の左胸にいつも触れている金属と、ぴたりと噛み合うように見えた。

ミロはその場で一歩後ずさり、掌の中で破片を転がす。満足そうというよりも、どこか遠い痛みを噛み締めるような顔だった。「これが……ここに?」彼の声は細く震えた。誰も答えなかった。城塞の地下、石の断片と鉄の影が波紋のように広がっている。

ミアは指先を裂け目に入れて、地図を取り出した。そこに新たな「点」を記した。欠片が示すのは、城塞の古い守衛制度に縁する場所だった。古い守りの穴と徽章が結びつく。その点は地図の他の印とぴたりと重なった――節点の輪郭が、地下に続く可能性を示していた。

痛みはあった。代償は明確だった。だがだからこそ、次の一手が見える。ミアの視線は暗闇を突き破り、城塞の奥にある「何か」を見据えた。彼女はまだ守ることをやめない。守るために失うものが増えると知っても。

夜明け前、彼らは新たな通路の扉を押し開けた。石の冷たさが掌に伝わり、地下の空