ナイター照明が消えない球場 第1話「プロローグ:最後の夏灯り」
その光は、死者の未練というにはあまりに眩しく、けれど文明の利器というにはあまりに冷たかった。
その光は、死者の未練というにはあまりに眩しく、けれど文明の利器というにはあまりに冷たかった。
雁首(がんくび)市民球場の閉鎖が正式に決定したのは、記録的な猛暑がようやく落ち着きを見せ始めた八月の終わりだった。市役所の都市開発課に勤める浅倉紬(あさくら・つむぎ)は、その日の閉門作業を一人で担当していた。築四十年。コンクリートの壁には網目のようなひび割れが走り、内野の土は長年の風雨で痩せ細り、砂利が浮き出ている。かつては県大会の決勝戦が行われ、この街の少年たちの聖地だった場所も、今や再開発という名の巨大な消しゴムで消されようとしていた。
午後九時。事務室のメインスイッチをすべて落とし、重い鉄の門に南京錠をかけたとき、背後で「カチッ」という乾いた音が響いた。
振り返ると、無人のはずのグラウンドが青白く染まっていた。北側に立つ四基の照明塔のうち、一番奥の一基だけが、煌々と光を放っている。
「……消し忘れ?」
紬は眉をひそめた。確かにスイッチは切ったはずだ。そもそも、あの照明塔は先月の落雷で基盤が焼かれ、修理費用が出せないという理由で放置されていたはずだった。
彼女は再び門を開け、暗い通路を抜けてグラウンドへと戻った。夜の球場は、独特の濃密な静寂に包まれている。踏みしめる砂の音が、コンクリートのスタンドに反響して戻ってくるたび、誰かが背後に立っているような錯覚に陥る。
照明塔の真下まで来ても、ジーという特有の放電音は聞こえない。ただ、そこには圧倒的な光があるだけだった。見上げると、眩しさで網膜が焼き切れそうになる。光の渦の中に、ふと、何かが落ちているのが見えた。
照明塔のコンクリートの土台に、ポツンと置かれた野球ボール。
それはひどく古びていて、縫い目は擦り切れ、泥と汗が染み込んで黒ずんでいた。紬はそのボールを拾い上げようとして、指先が触れる直前で止まった。
バッ、と。
無風のグラウンドで、空気を引き裂く音が響いた。
それは、バットが空を切る音だった。それも、ただの素振りではない。誰かが全力で、何かの決着をつけようとする、悲鳴のようなスイングの音だ。
紬は息を呑み、光り輝くマウンドを見た。そこには誰もいない。しかし、陽炎のように揺らめく光の向こう側に、確かに誰かの背中が見えた気がした。十年前、この場所で最後の一球を投げるはずだった、彼女の兄・湊(みなと)の背中が。
その夜、浅倉紬の止まっていた時計が、音を立てて動き出した。