赤道直下の氷配達 第13話「第11章:効率を超えた決断」
砂漠の夜風を切って走る車列の音は、さながら地鳴りのようだった。 ナオを先頭に、十台の巨大な貨物車が砂塵を巻き上げ、診療所へとひた走る。太陽嵐による電磁妨害はピークに達しており、コックピットの計器類は使い物にならない。だが、ドライバーたちは互いのトラックが放つテールランプの赤と、ナオの引く「氷の轍」だけを頼りに、一糸乱れぬ動きを見せていた。 「見えたぞ、診療所だ!」 ナオの叫びとともに、ヘッドライトが惨状を照らし出した。 診療所の周囲を、数十台のバイクとバギーが取り囲んでいる。略奪者たちは火炎瓶を投げ込み、プレハブの壁を強引に引き剥がそうとしていた。テオたちが必死に防戦しているが、多勢に無勢なの
砂漠の夜風を切って走る車列の音は、さながら地鳴りのようだった。
ナオを先頭に、十台の巨大な貨物車が砂塵を巻き上げ、診療所へとひた走る。太陽嵐による電磁妨害はピークに達しており、コックピットの計器類は使い物にならない。だが、ドライバーたちは互いのトラックが放つテールランプの赤と、ナオの引く「氷の轍」だけを頼りに、一糸乱れぬ動きを見せていた。
「見えたぞ、診療所だ!」
ナオの叫びとともに、ヘッドライトが惨状を照らし出した。
診療所の周囲を、数十台のバイクとバギーが取り囲んでいる。略奪者たちは火炎瓶を投げ込み、プレハブの壁を強引に引き剥がそうとしていた。テオたちが必死に防戦しているが、多勢に無勢なのは明らかだった。
「全車、円陣を組め! 氷の防壁を作るんだ!」
ナオの指示に従い、トラックたちが診療所を囲むように急停止した。
ガガガガッ! という轟音とともに、各車が残っていたすべての氷を排出した。巨大な氷のブロックが積み上がり、瞬く間に診療所を囲む「氷の城壁」が築かれる。
「なんだ、このトラックどもは!?」
略奪者たちがたじろぐ。彼らにとって、氷は奪うべき宝物であって、防具に使われるなど想定外だった。
「野郎ども、構うな! 氷ごとぶち破れ!」
リーダー格の男が叫び、大型のバギーが氷の壁に突っ込んでくる。
ナオはスノウ・ホワイト号のステアリングを握り締め、アクセルを踏み込んだ。
「やらせるか!」
半壊したトラックが、氷の隙間から飛び出し、バギーの側面に体当たりを食らわせる。凄まじい衝撃とともにバギーが横転し、砂漠に火花が散った。
他のドライバーたちも続いた。彼らは巨大な車体を盾にし、あるいは放水銃(本来は消火用だが、今は冷却水を噴射する武器となった)を駆使して、略奪者たちを追い散らしていく。
その時、ナオの視界の端で、不気味な光が明滅した。
都市の防衛ドローンだ。それも、先ほどまでの偵察用ではない、重武装の戦闘ドローンが三機、上空に滞空していた。
『警告。未登録居住区における紛争を確認。治安維持のため、対象エリアの「完全消去」を実行する』
合成音声が、砂漠の夜に冷たく響いた。
ナオは凍りついた。AIの論理は、略奪者を捕らえることでも、住民を救うことでもなかった。混乱の原因となっているエリアそのものを破壊し、これ以上のリソース消費を防ぐ。それが、システムの出した「最も効率的な解決策」だったのだ。
「ふざけるな……! そんなのが、お前の正義か!」
ナオはドローンに向けて叫んだ。
ドローンの下部にあるガトリング砲が回転を始める。照準は、診療所、略奪者、そしてナオたち車列のすべてに向けられていた。
絶体絶命の瞬間。
ナオは父の無線機を手に取った。そして、先ほど見つけたデータチップの「送信」コマンドを叩いた。
「ゲンさん、聞こえますか! 今から父さんのログを、中央網(セントラル・グリッド)に直接流し込みます! 太陽嵐のノイズを利用して、全都市の端末に強制配信してください!」
『ナオ、それは……! AIの根幹プログラムへの反逆だぞ!』
「反逆で結構です! みんなに知ってもらうんだ。俺たちが信じているシステムの裏側で、誰が切り捨てられてきたのかを!」
ナオは送信ボタンを押し込んだ。
一瞬の静寂。
次の瞬間、ドローンの動きが止まった。
太陽嵐の電波に乗って、十年前の父の最期の記録と、AIが「効率」のために命を天秤にかけてきた無数のログが、都市中のモニター、そしてドローンの制御回路へと流れ込んだ。
膨大な「非効率な感情」のデータ。父が愛した砂漠の風景、テオの感謝の言葉、アイラの涙、そしてナオたちの咆哮。
計算式には存在しないはずのデータが、AIの論理回路を埋め尽くしていく。
『エラー……矛盾……生存定義の再計算……実行不能……』
ドローンが力なく高度を下げ、砂の上に墜落した。
略奪者たちも、その圧倒的な光景に戦意を喪失し、闇の中へと逃げ去っていった。
後に残されたのは、氷の城壁に守られた診療所と、肩で息をするドライバーたちだけだった。